ユニティ・テンプルは、フランク・ロイド・ライトがシカゴ郊外オークパークに建てたユニテリアン派の教会で、1908年に完成しました。装飾で覆うのが当然だった時代に、打放しのコンクリートをそのまま見せた最初期の公共建築です。この選択は美学から始まったのではありません。お金の問題から始まりました。
火事から始まったプロジェクト
1905年、オークパークのユニテリアン教会が落雷による火災で焼失します。会衆は再建を決めますが、用意できる予算は限られていました。設計を依頼されたのが、地元オークパークに住んでいたライトです。
ライト自身もユニテリアンの家系に育ちました。低予算・小さな敷地・交通量の多い通りという条件で、祈りの空間をどう作るか。ユニティ・テンプルはその答えです。
コンクリートを選んだのは予算だった
石やレンガで教会を建てる予算はない。ライトが選んだのは、当時まだ土木の材料と見なされていた鉄筋コンクリートでした。しかも仕上げの化粧を省き、型枠を外したままの表面を建物の顔にする。
安い材料を隠すのではなく、堂々と主役にする。この開き直りにも見える判断が、建築の歴史では発明になりました。コンクリートが「隠すべき下地」から「見せてよい素材」に変わる長い物語の、最初期の一歩がここにあります。
型枠の反復が形を決めた
コンクリートの費用は型枠の手間で決まります。ライトは同じ型枠を何度も使い回せるように、正方形の対称な平面を選びました。四面がほぼ同じ立面なら、型枠は一組で足ります。
経済の論理が、そのまま幾何学の秩序になった。形態は機能に従う、ならぬ「形態は型枠に従う」です。師サリヴァンの標語を、ライトは工法の次元で実装したことになります。サリヴァンの名言と出典 をご覧ください。
外は要塞、内は光
交通量の多い通りに面して、建物はほとんど窓のない壁を向けます。外観は要塞のように閉じ、入口さえ脇に隠されている。ところが内部に入ると一変します。
礼拝室は立方体に近い一室で、光は高窓と天井の格子状のトップライトからだけ降りてきます。地上の喧騒を切り、光を上からだけ入れる。後の ロンシャンの礼拝堂 や安藤忠雄の 光の教会 まで続く「閉じて、絞って、光らせる」宗教空間の系譜が、ここから始まっています。
コルビュジエより20年早い打放し
打放しコンクリートというと、戦後のコルビュジエや日本の建築を思い浮かべる方が多いはずです。マルセイユのユニテ・ダビタシオンが1952年、ジャウル邸が1955年。ユニティ・テンプルはそれより40年以上前に完成しています。
ライトとコルビュジエは互いに批判的な関係でしたが、素材の扱いでは同じ場所にたどり着いています。コンクリートの物語としては、ジャウル邸、ユニテ・ダビタシオン、そして日本の 住吉の長屋 へと続く流れの源流のひとつです。
世界遺産としての現在
ユニティ・テンプルは大規模な修復を経て、2019年に「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築」の構成資産として世界遺産に登録されました。落水荘やグッゲンハイム美術館と並ぶ8資産のひとつです。現在も礼拝と見学の両方に使われています。
ライトの歩みは ロビー邸、落水荘、グッゲンハイム美術館、言葉は ライトの名言と出典 にまとめています。

