ユニティ・テンプルは、フランク・ロイド・ライトがシカゴ郊外オークパークに建てたユニテリアン派の教会で、1908年に完成しました。
装飾で覆うのが当然だった時代に、打放しのコンクリートをそのまま見せた最初期の公共建築です。この選択は美学から始まったのではありません。お金の問題から始まりました。
| 名称 | ユニティ・テンプル(Unity Temple) |
|---|---|
| 所在地 | アメリカ・イリノイ州オークパーク(シカゴ郊外) |
| 設計 | フランク・ロイド・ライト |
| 建設 | 1906〜1908年 |
| 施主 | ユニテリアン派の教会(1905年に旧会堂が焼失) |
| 構造 | 鉄筋コンクリート。外壁は打放し |
| 文化財 | 1971年に米国の国定歴史建造物、2019年に世界遺産「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群」 |
| 見学 | フランク・ロイド・ライト・トラストによるツアー |
火事から始まったプロジェクト
1905年、オークパークのユニテリアン教会が落雷による火災で焼失します。会衆は再建を決めますが、用意できる予算は限られていました。設計を依頼されたのが、地元オークパークに住んでいたライトです。
ライト自身もユニテリアンの家系に育ちました。低予算・小さな敷地・交通量の多い通りという条件で、祈りの空間をどう作るか。ユニティ・テンプルはその答えです。
コンクリートを選んだのは予算だった
石やレンガで教会を建てる予算はない。ライトが選んだのは、当時まだ土木の材料と見なされていた鉄筋コンクリートでした。しかも仕上げの化粧を省き、型枠を外したままの表面を建物の顔にする。
安い材料を隠すのではなく、堂々と主役にする。この開き直りにも見える判断が、建築の歴史では発明になりました。
コンクリートが「隠すべき下地」から「見せてよい素材」に変わる長い物語の、最初期の一歩がここにあります。
型枠の反復が形を決めた
コンクリートの費用は型枠の手間で決まります。ライトは同じ型枠を何度も使い回せるように、正方形の対称な平面を選びました。四面がほぼ同じ立面なら、型枠は一組で足ります。
経済の論理が、そのまま幾何学の秩序になった。形態は機能に従う、ならぬ「形態は型枠に従う」です。師サリヴァンの標語を、ライトは工法の次元で実装したことになります。サリヴァンの名言と出典 をご覧ください。
外は要塞、内は光
交通量の多い通りに面して、建物はほとんど窓のない壁を向けます。外観は要塞のように閉じ、入口さえ脇に隠されている。ところが内部に入ると一変します。
礼拝室は立方体に近い一室で、光は高窓と天井の格子状のトップライトからだけ降りてきます。地上の喧騒を切り、光を上からだけ入れる。
後の ロンシャンの礼拝堂 や安藤忠雄の 光の教会 まで続く「閉じて、絞って、光らせる」宗教空間の系譜が、ここから始まっています。
コルビュジエより40年以上早い打放し
打放しコンクリートというと、戦後のコルビュジエや日本の建築を思い浮かべる方が多いはずです。マルセイユのユニテ・ダビタシオンが1952年、ジャウル邸が1950年代半ば。
ユニティ・テンプルはそれより40年以上前に完成しています。
ライトとコルビュジエは互いに批判的な関係でしたが、素材の扱いでは同じ場所にたどり着いています。
コンクリートの物語としては、ジャウル邸、ユニテ・ダビタシオン、そして日本の 住吉の長屋 へと続く流れの源流のひとつです。
ユニテリアンという教会
ユニテリアンは、キリスト教のなかでも、理性や信仰の自由を重んじる流れの一つです。
ライトの母方の一族はユニテリアンの信仰をもち、ライト自身もその環境で育ちました。自分の育った信仰の教会を、自分の町に建てる仕事だったのです。
豪華な装飾よりも、簡素で理にかなった空間を好む教会の考え方は、コンクリートの箱という大胆な提案を受け入れる土台にもなったと考えられます。
礼拝室と集会所、二つの箱
ユニティ・テンプルは、一つの建物ではなく、二つの箱をつないだ構成でできています。
通りに近い側には、正方形に近い礼拝室。奥には、集会や日曜学校に使う横長の「ユニティ・ハウス」。二つの箱のあいだに、低い入口のホールが置かれています。
祈りの場と、人が集まる場を分けながら、一つの入口でつなぐ。用途ごとに箱を分けて組み合わせるこの方法は、のちのライトの建物にも繰り返し現れます。
集会所の側には、教室や台所なども設けられ、教会の日々の活動を支えてきたとされます。
天井の格子と、色ガラスの光
礼拝室の天井には、格子状に区切られた天窓がはめ込まれています。ガラスは淡い黄色や緑の色を帯び、降りてくる光をやわらかく染めます。
高い位置の窓にも幾何学模様の色ガラスが使われ、外の景色を見せずに光だけを入れる工夫がされています。
室内の木の縁取りや照明も、同じ幾何学の模様でそろえられています。コンクリートの箱の内側に、光と色と木による温かい空間がつくられているのです。
外壁の柱の上部にも、幾何学的な模様が型枠でかたどられています。
低い入口と、上に開ける礼拝室
礼拝室へは、正面からまっすぐ入るのではありません。脇の低い入口から入り、薄暗い通路を回り込んでから、明るい礼拝室へ出ます。
低く暗い場所から、高く明るい場所へ。この道のりは、心を切り替えて祈りの場に入るための演出です。
会衆席は3方向から説教壇を囲むように、いくつかの高さに分けて配置されています。どの席からも説教者との距離が近く感じられるように考えられています。
ライトの町、オークパーク
オークパークは、ライトが20代から自宅とスタジオを構えた町です。1889年に建てた自宅兼スタジオは、現在公開されています。ユニティ・テンプルは、その自宅から歩いて行ける距離にあります。
町には、ライトが初期に手がけた住宅が数多く残り、ライトの作品が世界でもっとも集まった町の一つとして知られています。
自宅兼スタジオとユニティ・テンプルをあわせて訪ねると、若いライトがこの町で建築家として成長していった過程をたどることができます(フランク・ロイド・ライトとコルビュジエ)。
2017年の大修復
完成から100年を超えるうちに、コンクリートの傷みや雨漏りが進みました。そこで2015年から約2年をかけて、大規模な修復が行われました。
修復では、外壁のコンクリートや天窓の防水、内装の色まで調べ直され、竣工当時に近い姿が取り戻されています。
修復には約2,500万ドルが投じられたとされます。この修復が、2019年の世界遺産登録にもつながりました。
見学するには
ユニティ・テンプルは現在も教会として使われながら、フランク・ロイド・ライト・トラストのツアーで内部を見学できます。
礼拝や行事の日は見学できないことがあるため、日程は事前に確認してください。シカゴ中心部からは、電車でオークパークへ向かうことができます。
シカゴ大学の近くの ロビー邸 とあわせて回ると、住宅と教会という違う用途で、ライトがどのように空間をつくったかを比べられます。
世界遺産としての現在
ユニティ・テンプルは大規模な修復を経て、2019年に「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築」の構成資産として世界遺産に登録されました。落水荘やグッゲンハイム美術館と並ぶ8資産のひとつです。
現在も礼拝と見学の両方に使われています。
ライトの歩みは ロビー邸、落水荘、グッゲンハイム美術館、言葉は ライトの名言と出典 にまとめています。

