屋根がどこまでも横に伸びる
ロビー邸(1910年/アメリカ・シカゴ)は、フランク・ロイド・ライトが実業家フレデリック・ロビーのために設計した住宅です。
敷地は都市の細長い区画ですが、建物は徹底して水平に伸びています。屋根は薄く、両端が大きく張り出して影をつくる。窓は横一列に連なり、レンガの目地も横方向が強調されています。
アメリカ中西部の広大な平原(プレーリー)に呼応する構成として、プレーリースタイルと呼ばれる一連の住宅の完成形とされます。
暖炉が平面を決めている
内部の中心には、大きな煉瓦の暖炉があります。
1階の主要階では、居間と食堂がこの暖炉を挟んで一続きになっています。壁で完全に仕切るのではなく、暖炉という塊が仕切りながらつなぐ役割を担う。天井の高さや造作の連続によって、領域はゆるやかに分けられます。
この「一室でありながら領域が分かれる」構成は、のちにヨーロッパで議論される「流れる空間」の先駆と位置づけられます。ただしライトの場合、中心は常に暖炉に固定されていました。
1910年、作品集がヨーロッパに渡った
ここに近代建築史の分岐点があります。
1910年から11年にかけて、ベルリンの出版社ヴァスムートからライトの作品集が刊行されました。いわゆる「ヴァスムート・ポートフォリオ」です。図面と透視図を収めたこの作品集は、ヨーロッパの若い建築家たちに大きな衝撃を与えたと広く論じられています。
当時、ミース・ファン・デル・ローエもヴァルター・グロピウスもベルリンにいました。ル・コルビュジエもまた1910年から11年にかけてペーター・ベーレンスの事務所で働いています。
この作品集が個々の建築家に具体的にどう作用したかは、研究者により評価が分かれます。ただしアメリカの住宅がヨーロッパの近代建築に影響を与えた経路として、図面が果たした役割は大きかったと言えます。
図面が海を渡ったという事実
注目したいのは、影響を運んだのが建物そのものではなく図面だったという点です。
ヨーロッパの建築家の多くはロビー邸を実際に見ていません。彼らが見たのは印刷された平面図と透視図です。それでも構成の原理は伝わり、議論を引き起こしました。
図面には、写真では伝わらない設計の骨格が描かれている。だからこそ、実物を知らない相手にも構成を伝えられる。この記事で図面の話をしているのも、同じ理由です。
その後のロビー邸
ロビー邸は2度にわたって解体の危機に直面し、いずれもライト本人を含む反対運動によって回避されました。現在はシカゴ大学が管理し、一般公開されています。
2019年、他のライト作品7件とともに世界文化遺産に登録されました。落水荘、グッゲンハイム美術館も同じ登録に含まれます。
コルビュジエの側の初期住宅を図面で確かめたい方は、下記の手描き構想図をご覧ください。
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