クラウンホール|ミースが柱を消した建築学校

クラウンホールの外観

クラウンホールは、ミース・ファン・デル・ローエが1956年にシカゴのイリノイ工科大学(IIT)に完成させた建築学部の校舎です。内部には柱が一本もない、ガラスに囲まれたひとつの大部屋が広がります。ミースが唱えた「ユニバーサル・スペース」の、もっとも純度の高い実物です。

シカゴに移った元バウハウス校長

ミースはバウハウス最後の校長を務めた後、1938年に渡米し、シカゴのアーマー工科大学(後のIIT)で建築教育を率いることになります。大学は彼にキャンパス全体の計画も委ねました。

クラウンホールはそのキャンパス計画の中心に建つ、自分の学生のために自分で設計した校舎です。教育者としてのミースと建築家としてのミースが、一つの建物で重なっています。

屋根を上から吊るという解法

外部の大梁から屋根を吊る構造を示した解説ダイアグラム

内部の柱を消すために、ミースは構造を建物の外に出しました。屋根の上に架け渡した鉄骨の大梁から、屋根の面を吊り下げる構成です。荷重は外周の柱を通って地面に降り、内部は床と天井とガラスだけになります。

構造が外に見えているので、建物の仕組みは一目で分かります。飾りではなく、力の流れそのものが外観になる。AEGタービン工場 で師ベーレンスが見せかけの重さを選んだのに対し、弟子のミースは構造の論理を隠さないことを美学にまで高めました

柱のない一室で建築を教える

主階は間仕切りのないワンルームで、製図室も講評の場も、低い家具と可動のパネルで緩やかに区切られるだけです。学年も課題も違う学生が、同じ空気の中で作業する。

ミースはこの空間を、用途を特定しない「ユニバーサル・スペース」として構想しました。機能に合わせて部屋を作るのではなく、どんな機能でも受け入れる大きな空間を用意する。機能主義の標語(形態は機能に従う)を、機能の側から解放した答えです。サリヴァンの名言と出典 と読み比べると、シカゴで一世代を隔てて起きた転回が見えます。

「ほとんど無に等しい」の実物

ミースは自作の到達点を「ほとんど無に等しい」という言葉で語ったと伝えられます。クラウンホールはその実演です。壁がなく、柱がなく、あるのは床と屋根と透明な境界だけ。

しかし「無」は手抜きの無ではありません。ガラスの割付、鉄骨の目地、入口の階段の浮かせ方。要素を減らした分だけ、残った要素の精度が上がっている。「Less is more」と「神は細部に宿る」という二つの標語が、ここでは同じ建物の表と裏です。ミースの名言と出典 をご覧ください。

批判もある建物

クラウンホールには、当初から現実的な批判もあります。全面ガラスの大空間は日射と眩しさの制御が難しく、間仕切りのない製図室は騒音や集中の面で使いにくいという声が、使い手の側から繰り返し出てきました。

ユニバーサル・スペースは、あらゆる機能を受け入れる代わりに、どの機能にも最適化されないという代償を持ちます。この緊張は、ファンズワース邸で施主との対立にまで発展した問題と同根です。理念の強い建築は、その強さの分だけ使い手に協力を求めます。ファンズワース邸 をあわせてご覧ください。

ミースの他の作品とあわせて

クラウンホールは現在も建築学部の校舎として使われており、修復を経て創建時の姿を保っています。

ミースの歩みは、バルセロナ・パビリオン(1929年)で壁を解体し、ファンズワース邸(1951年)で住宅を透明にし、クラウンホール(1956年)で大空間から柱を消し、シーグラム・ビル(1958年)で超高層に到達する一本の線です。同じ原理を磨き続けた建築家の、教育編がこの建物だといえます。

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