会期のあいだだけ建っていた建物
バルセロナ・パヴィリオン(1929年)は、バルセロナ万国博覧会のドイツ館として、ミース・ファン・デル・ローエが設計しました。
展示物を並べる建物ではありません。建物そのものが展示物でした。会期が終わると解体され、部材は散逸します。以後半世紀以上、この建築は写真と図面のなかにだけ存在しました。1986年、残された図面をもとに同じ場所に再建され、いま見られるのはその復元です。図面が残っていなければ、この建築は完全に失われていました。
壁は、もう屋根を支えていない
内部に入ると、大理石やオニキスの壁が何枚か立っています。しかしそれらは屋根を支えていません。屋根を支えているのは、十字形の断面を持つ細い鉄の柱8本です。
この分離によって、壁は好きな位置に、好きな長さで置けるようになりました。壁は部屋を囲まず、空間を仕切りかけて、やめる。結果、内と外の境界が曖昧になり、歩くにつれて視界が移り変わっていきます。「流れる空間」と呼ばれるゆえんです。
コルビュジエの「自由な平面」との違い
壁と柱の役割を分けるという点では、コルビュジエの「自由な平面」と同じ原理です。同じ1920年代に、二人は同じ構造的発見にたどり着いていました。
違うのは使い方です。コルビュジエは自由になった壁で部屋をつくり、スロープで動線を演出しました。ミースは自由になった壁で部屋をつくることをやめ、視線の抜けだけを設計しました。
同じ道具から、正反対の空間が生まれています。
バルセロナ・チェアが置かれた理由
この建物のために、ミースはリリー・ライヒとともにバルセロナ・チェアを設計しました。交差する鋼の脚に革のクッションを載せた椅子で、現在も生産が続いています。
同時期、コルビュジエもペリアン、ピエール・ジャンヌレとともにLCシリーズを発表していました(1929年)。建築家が家具まで設計するという姿勢は、この時代に共通しています。空間だけでなく、そこに置かれるものまで含めて一つの環境として考える——近代建築が引き受けた射程の広さがここに現れています。
図面が建築を生き延びさせた
この建築の再建は、図面と写真だけを頼りに行われました。実物が失われても、図面があれば建築は復元できる。逆に言えば、図面のない建築は失われたら終わりです。
サヴォア邸が納屋として荒廃した後に修復できたのも、残された図面があったからでした。図面は設計の記録であると同時に、建築が時間を越えるための手段でもあります。
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