サヴォア邸の図面は、どこで見られるのか
サヴォア邸(1928–31年/フランス・ポワシー)の図面原本は、パリのフォンダシオン・ル・コルビュジエが所蔵しています。財団の本部が置かれているのは、コルビュジエ自身が設計したラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸で、そこに8,000点規模の原図が収められています。
実物を手元で見たい場合は、美術館公式グッズとして復刻された図面のアートポスターという選択肢があります。当店で扱っているサヴォア邸の図面(手描き構想図)も、中央に1階の設計図を据えた構成になっています。以下では、この住宅の図面を実際にどう読むかを順に見ていきます。
1階平面図を読む|曲線を決めたのは自動車だった
サヴォア邸の1階は、細い柱(ピロティ)が立ち並び、その内側でガラスの壁が大きな弧を描いています。この曲線は意匠上の気まぐれではありません。コルビュジエは、玄関前に自動車が横づけして回り込むために必要な最小回転半径から、この弧を導いたと説明してきました。
図面上でこの円弧をたどると、車の動きがそのまま線になっていることが見えてきます。「住宅は住むための機械である」という有名な言葉が、抽象的な標語ではなく寸法の話だったことが、この一枚から読み取れます。
2階平面図を読む|「自由な平面」の正体
2階はこの住宅の主階です。居間、寝室、浴室、そして屋外テラスが、ひと続きの正方形の枠のなかに配置されています。ここで注目したいのは、柱の位置と壁の位置が一致していないことです。
近代以前の組積造では、壁そのものが屋根を支えていたため、間取りは構造に縛られていました。鉄筋コンクリートの柱が荷重を受け持つようになると、壁は「仕切るだけのもの」に変わります。平面図で柱の点と壁の線を分けて追うと、両者が独立していることが一目でわかります。これが「自由な平面」と呼ばれた状態です。
断面図を読む|スロープが貫く垂直の動線
サヴォア邸には、らせん階段と緩やかなスロープの両方があります。
断面図でこの2つを見比べると、階段が最短距離で垂直に貫いているのに対し、スロープは建物の中央を斜めに切り裂きながら、1階から屋上庭園まで一続きに伸びていることがわかります。歩きながら空間が次々と展開していく仕掛け——コルビュジエが「建築的プロムナード」と呼んだ体験は、平面図だけを見ていても現れません。断面図で初めて姿を見せる設計思想です。
手描き構想図と、竣工図の違い
完成した建物の竣工図は、寸法も納まりも確定した「答え」です。一方、構想段階の手描き図面には迷いが残っています。線が二重に引かれていたり、消した跡が見えたり、寸法がまだ入っていなかったり。
どちらが優れているという話ではなく、見えるものが違います。竣工図からは何が実現したかがわかり、手描きの構想図からは何を考えていたかがわかる。決定に至る前のためらいが、線そのものに残っているからです。
屋上平面を読む|「第5の立面」という考え方
サヴォア邸の屋上には、曲面の壁に囲まれた庭園(ソラリウム)があります。図面でこの階を見ると、下階の四角い枠から解き放たれた自由な曲線が、風よけと日よけを兼ねて配置されているのがわかります。
コルビュジエは、建物が地面から奪った緑を屋上で返すという考えを繰り返し述べていました。建物を上から見たときの平面を「第5の立面」として設計対象に含めるという発想は、飛行機からの視点を知った世代ならではのものです。屋上平面図は、その思想が最も直接に現れる一枚といえます。
図面が残っていなければ、この家は失われていた
サヴォア邸は、竣工後まもなく第二次世界大戦に巻き込まれ、戦後は納屋として使われて荒廃しました。取り壊しの計画が具体化したのは1950年代後半のことです。
これを押しとどめたのが、国内外の建築家からの抗議と、当時の文化大臣アンドレ・マルローの判断でした。1964年に歴史的記念物に指定され、修復を経て、2016年には世界文化遺産の構成資産となっています。修復の拠り所になったのは、残されていた図面でした。図面は設計の記録であると同時に、建築が生き延びるための保険でもあります。
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