斜面の上に、平屋に見える家
トゥーゲントハット邸(1928–30年/チェコ・ブルノ)は、ミース・ファン・デル・ローエが実業家フリッツ・トゥーゲントハット夫妻のために設計した住宅です。
道路側から見ると、白い平屋にしか見えません。しかし敷地は斜面で、実際は3層あります。玄関のある階が最上階で、そこから下へ降りていく構成です。主要な居間は一段下の階にあり、庭に向かって全面がガラスになっています。
訪問者は、玄関で建物の全体像をつかめません。降りて初めて広がりが現れます。
窓が床下に消える
居間の南側は、巨大な一枚ガラスの窓が並んでいます。
この窓は電動で床下に降下し、完全に開放されます。ガラスが消えると、居間と庭のあいだに何も残りません。1930年当時にこの機構を実現したことは、技術的にも大きな挑戦でした。
また、居間の中央にはオニキスの一枚壁が立っています。構造上は不要で、空間を仕切るためだけに置かれたものです。夕日が当たると石が透けて赤く光ると伝えられます。
バルセロナ・パヴィリオンの住宅版
この住宅の構成は、ほぼ同時期のバルセロナ・パヴィリオン(1929年)と同じ原理です。
十字形断面の細い鉄柱が屋根を支え、壁は独立して立つ。壁は部屋を囲まず、空間を仕切りかけてやめる。歩くにつれて視界が移り変わる——いわゆる「流れる空間」です。
違いは、パヴィリオンが会期だけの展示施設だったのに対し、こちらは実際に家族が暮らす住宅だったことです。壁のない空間で生活が成立するのか、という問いが現実に試されました。
コルビュジエの「自由な平面」も柱と壁を分離する点では同じですが、コルビュジエは自由になった壁で部屋をつくり、ミースはつくらなかった。
平面図で見ると、壁の少なさがわかる
写真だとオニキスの壁やガラスの美しさに目が行きますが、平面図を開くと別のことが見えてきます。主階に、部屋を囲む壁がほとんどない。
居間・食堂・書斎にあたる領域が、独立した数枚の壁だけで示されています。断面図では、斜面に対して各階がどう配置され、玄関階から主階へどう降りるかが読めます。
「流れる空間」という言葉が、具体的にどういう平面なのか——図面でしか確認できません。
その後の運命
トゥーゲントハット家はユダヤ系で、1938年に国外へ避難しました。建物はナチス・ドイツに接収され、戦後は損傷したまま様々な用途に使われます。
1980年代から修復が始まり、2001年に世界文化遺産へ登録されました。2012年には大規模な修復が完了し、現在は公開されています。修復の拠り所となったのは、残されていた図面と写真でした。
コルビュジエの同時期の住宅を図面で確かめたい方は、下記の手描き構想図をご覧ください。
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