ヴィラ・クゥクゥは、建築家の吉阪隆正がU研究室とともに設計し、1957年に東京・渋谷区に完成した住宅です。
パリのル・コルビュジエのアトリエで働いた吉阪が、帰国後まもなく手がけた住宅のひとつで、色ガラスをはめた小さな窓と、手の跡が残るコンクリートが特徴です。
長く住み継がれたのち取り壊しの危機を迎え、2021年に新しい持ち主へと継承されました。
渋谷の住宅地に建つ、コンクリートの小さな家
住宅遺産トラストの資料によれば、ヴィラ・クゥクゥは鉄筋コンクリート造の地上2階建てで、延床面積は74.67平方メートル、敷地は188.42平方メートルです。都市の住宅としても小さな部類に入ります。
外から見ると、壁は厚く、窓は小さい。ガラスの箱のような近代住宅とは反対の、洞窟にも似た閉じた構えです。
ところが内部に入ると、小さな開口から入る色のついた光と、天井から落ちる光が、限られた面積に奥行きを与えています。
吉阪は1950年から1952年までパリのアトリエに在籍し、帰国後に設計活動を本格化させました。住宅情報サイトの連載では、ヴィラ・クゥクゥは帰国後3つ目の住宅と紹介されています。
コルビュジエのもとで見たものを、日本の小さな敷地でどう実らせるか。その試みが凝縮された一軒です。
施主はフランス文学者の近藤等
施主の近藤等(1921〜2015年)は、フランス文学者で早稲田大学名誉教授、そして登山家でもありました。吉阪自身も登山と探検で知られた人物で、施主と建築家がともに山を愛する者どうしでした。
「クゥクゥ(coucou)」はフランス語で、親しい相手への呼びかけなどに使われる言葉です。フランス文学者の家にふさわしい、軽やかな響きの名前といえます。
二人に共通するこの気質は、この住宅の自由さと無関係ではないでしょう。
一般的な住まいの常識よりも、光の入り方や壁の手ざわりといった体験を優先する設計は、互いを深く信頼する関係でなければ成立しにくいものです。
近藤は長年この家に住み続け、住まい手として建物の価値を守りました。
戦後まもない東京で、建築家が住宅に託したもの
1950年代の東京は、戦災からの復興が進む一方で、住宅の多くはまだ質素な木造でした。資材も限られ、鉄筋コンクリートの個人住宅は珍しい存在です。
そのなかで、小さな住宅に建築家の思想を注ぎ込む試みが、若い建築家たちによって次々と行われました。
ヴィラ・クゥクゥもそのひとつです。コルビュジエのアトリエでマルセイユのユニテやインドの計画に触れた吉阪にとって、日本の小さな敷地は、学んだことを自分の言葉に置き換えるための実験の場でもありました。
ただし、吉阪はパリで見た大規模な集合住宅や公共建築を縮小して持ち込んだのではありません。施主の暮らしと敷地の条件から出発し、厚い壁、小さな窓、手の跡という、身体に近い要素で住まいを組み立てました。
その選択が、半世紀以上たっても古びない理由のひとつでしょう。
色ガラスの小窓、トップライト、手の跡が残るコンクリート
住宅遺産トラストは、この住宅の特徴として「色ガラスを嵌め込んだ小さな開口部、トップライトやメゾネット、コンクリートの表情」を挙げています。
上下の階が吹き抜けでつながるメゾネットの構成により、小さな家のなかに縦の広がりが生まれています。
屋根の曲線は現場で決められたとされ、コンクリートを打った際にできたジャンカ(表面の欠け)は、彫刻家の手でレリーフに仕上げられたと記録されています。欠点になりかねない跡を、装飾に転じてしまう発想です。
壁から片持ちで突き出す階段の段板も印象的です。支えの見えない板が宙に並ぶことで、壁の厚さとコンクリートの重さがかえって強く意識されます。
図面や写真で見るとき、開口の位置と光の向き、そして吹き抜けの断面を合わせて読むと、この家の組み立てが見えてきます。
コルビュジエのアトリエで吉阪が見たもの
吉阪がパリにいた1950年代初めは、コルビュジエの仕事が大きく転回した時期にあたります。マルセイユの ユニテ・ダビタシオン が完成に向かい、打放しコンクリートの荒々しい表情が前面に出てきた頃です。
同じ時期に構想が進んだ ロンシャンの礼拝堂 では、厚い壁に大小の開口を穿ち、色ガラスを通して光を落とす手法が使われました。
厚い壁と小さな色の窓という組み合わせは、ヴィラ・クゥクゥの室内にも通じるものがあります。ただし吉阪は師の形をなぞったわけではなく、手の跡や現場での判断を大切にする独自の作風へと展開しました。
吉阪の経歴と代表作は 吉阪隆正の代表作と建築、師との関係は ル・コルビュジエの日本人弟子 で詳しく紹介しています。
取り壊しの危機と、継承・修復
竣工から半世紀以上がたち、ヴィラ・クゥクゥは取り壊しの危機を迎えました。住宅遺産トラストの記録によると、この住宅は2021年6月に継承されています。
新しい持ち主となったのは俳優の鈴木京香さんで、個人で取得して保存・再生に取り組んだことが複数のメディアで報じられました。
改修は新素材研究所の設計で行われ、2022年に竣工しました。改修は竣工当時の姿を尊重する方針で進められたと紹介されています。
2023年には、この保存再生の取り組みが日本建築学会文化賞を受けたと報じられました。
名作住宅の多くは、住み手の世代交代とともに失われてきました。
個人が住宅を引き継ぎ、手を入れて次の世代へ渡すという道筋を示したことで、ヴィラ・クゥクゥは建物そのものに加えて、住宅保存のあり方を考える事例としても注目されています。
小さな家を大きく感じさせる工夫
延床74.67平方メートルという数字だけを見ると、ヴィラ・クゥクゥは決して広い家ではありません。
それでも訪れた人の多くが「狭さを感じない」と語るのは、面積ではなく高さと光で空間の大きさをつくっているからです。
メゾネットの吹き抜けは、上下の階を視線でつなぎ、床面積以上の容積を感じさせます。トップライトから落ちる光は、時間とともに壁の上を移動し、同じ部屋に朝と夕方で違う表情を与えます。
色ガラスの小窓は、外の景色を見せるための窓ではなく、室内に色のついた光の点を置くための窓です。
窓を大きく取って外に開くのではなく、壁を厚くして内側に世界をつくる。都市の小さな敷地で、隣家や道路の視線から暮らしを守りながら豊かさを得る方法として、この考え方は今の狭小住宅にもそのまま通じます。
吉阪隆正という建築家の輪郭
吉阪隆正は、建築家であると同時に、登山家、探検家、教育者でもありました。早稲田大学で長く教え、U研究室を率いて、学生や所員とともに設計を進めたことで知られます。
吉阪の建築には、ひとりの天才がすべてを決めるのではなく、多くの手がかかわって形ができていくという考え方が表れています。
ヴィラ・クゥクゥで、屋根の曲線が現場で決められ、コンクリートの欠けが彫刻家の手でレリーフになったという記録は、その姿勢をよく示すものです。
東京・御茶ノ水の アテネ・フランセ や、八王子の大学セミナーハウスなど、吉阪の代表作は規模も用途もさまざまですが、どれも手ざわりと場所への応答を大切にしています。
ヴィラ・クゥクゥは、その原点を小さな住宅の規模で確かめられる貴重な一軒です。
見学するには
修復後のヴィラ・クゥクゥは、2024年春から予約制で一般公開されていると報じられています。
公開日や申し込み方法は、公式のInstagram(@villacoucou_tokyo)などで案内されています。日程は変わることがあるため、訪問前に必ず最新の案内を確認してください。
所在地は住宅地の中です。公開日以外に建物をのぞき込んだり、近隣に立ち止まったりすることは控えるのが礼儀です。
見学の際は、外から見た壁の厚さと、内部に入ったときの光の量の差に注目すると、この家の設計意図がよくわかります。
同じくコルビュジエの影響を受けた日本の住宅としては、吉村順三の 軽井沢の山荘 や、現存しない 丹下健三自邸 も比べて読むと面白いでしょう。

