周りの建物と、色が違う
アテネ・フランセ(1962年/東京都千代田区)は、吉阪隆正が設計したフランス語学校の校舎です。
御茶ノ水の坂道を歩いていると、青とピンクに塗り分けられた壁面が突然現れます。周囲はオフィスビルと大学の建物ばかりで、この一棟だけが色を持っている。意図的に周囲から浮くように置かれた色彩です。
コンクリートの壁には、大小の窓が不規則に開けられています。整然としたグリッドではなく、内部の必要に応じて穴を空けたような配置です。
色は、装飾ではなく建築の道具だった
コルビュジエは、色彩を建築の構成要素として扱いました。ポリクロミー・アーキテクチュラル(建築的多色配色)と呼ばれる考え方です。
ペサックの集合住宅(1926年)では、同じ形の住棟を色によって描き分け、壁面を前に出したり奥に引かせたりしました。色で空間の奥行きを操作するという発想です。ユニテ・ダビタシオンのバルコニー内側にも、鮮やかな原色が使われています。
吉阪はこれを日本に持ち帰りました。ただしコルビュジエが白い壁を基調に色を差したのに対し、吉阪は壁面全体を塗っています。手法は継承しつつ、強度を上げている。
吉阪隆正がアトリエにいた時期
吉阪隆正がコルビュジエのアトリエに在籍したのは1950年から1952年です。戦後最初期のフランス政府給費留学生として渡仏しました。
この時期のアトリエでは、ロンシャンの礼拝堂やチャンディガールの計画が動いていました。つまり吉阪が持ち帰ったのは、1920年代の白い住宅ではなく、打放しコンクリートと強い色彩を使う後期のコルビュジエです。
アテネ・フランセの荒々しい壁面と鮮烈な色は、この時期の師の作風と地続きにあります。
「不連続統一体」という考え方
吉阪は後年、自らの設計理念を「不連続統一体」と呼びました。
ばらばらに見える要素が、全体としては一つの秩序をなす。統一のために個々を犠牲にするのではなく、不揃いなまま共存させるという考え方です。
アテネ・フランセの不規則な窓配置は、この理念の初期の現れと読めます。ファサードを整えるために窓の位置を揃えるのではなく、内部の必要をそのまま外に出す。近代建築の合理主義を、別の方向へ押し進めた態度です。
立面図で見ると、窓の配置がわかる
この建築は、写真では「色の派手な建物」に見えます。
立面図を開くと、窓の大きさと位置が一つずつ違うことが正確に読めます。どこにも繰り返しがない。平面図と照合すると、それぞれの窓が室内のどの機能に対応しているかが見えてきます。
不規則に見える配置が、実際には内部から決定されていた——図面でしか確認できないことです。
吉阪が関わった国立西洋美術館の設計資料は、下記のポートフォリオでご覧いただけます。
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