梅林の家の構成を示す模式図。薄い壁で分けた小さな部屋が、大小の開口でつながる(再現イメージ)
梅林の家は、建築家の妹島和世が東京都内の住宅地に設計し、2003年12月に完成した住宅です。その名の通り、敷地はもとは見事な梅林でした。
壁はすべて厚さ16mmの鉄板。家の中を小さな部屋に分け、部屋と部屋のあいだの開口には扉もガラスも入れない、という大胆なつくりで知られます。
| 名称 | 梅林の家 |
|---|---|
| 設計 | 妹島和世(妹島和世建築設計事務所) |
| 竣工 | 2003年12月 |
| 所在地 | 東京都内の住宅地(個人の住宅のため、詳しい場所は記しません) |
| 敷地 | もとは梅林。敷地面積は約92㎡とされる |
| 構成 | 3階建て。完全には閉じない小さな部屋が、17ほど集まるとされる |
| 壁 | 厚さ16mmの鉄板 |
| 施工 | 平成建設 |
梅の木の残る、小さな敷地
敷地は、もとは梅の木が並ぶ梅林でした。建物は敷地の中ほどに置かれ、まわりの木が残されています。
敷地面積は約92㎡(約28坪)とされ、都内の住宅地としても小さな土地です。そこに、3階建ての家が建てられました。
暮らすのは5人家族です。妹島は講演で、家族はおばあさんと若い夫婦、子ども2人の5人だと説明しています。
小さな敷地に5人で住む。その条件に対して妹島が選んだのは、大きな部屋を取ることではなく、小さな部屋をたくさんつくることでした。
厚さ16mmの鉄板の壁
この家の壁は、すべて厚さ16mmの鉄板でできています。木造や鉄筋コンクリート造の壁と比べると、驚くほど薄い壁です。
建築家の吉村靖孝は、この家を、鉄の面材を溶接で継ぎ合わせた「ほぼ単一素材の箱」と評しています(10+1 DATABASE)。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)も、収蔵する模型の解説で、内部の壁が工場でつくった極めて薄い鉄板であることを紹介しています。工場で加工した鉄板を溶接してつなぎ、一つの箱に仕上げているのです。
一般的な木造住宅の壁は、柱と仕上げを合わせると十数cmの厚さがあります。16mmは、その10分の1ほどです。
壁が薄いぶん、小さな部屋でも面積を無駄にしません。壁は、部屋を区切る線にまで薄くなっています。
一方で、鉄は熱を伝えやすい材料です。外壁にどのような断熱を施しているかは、建築雑誌に掲載された詳細図で確かめるのが確実です。
扉もガラスもない開口
部屋と部屋のあいだの壁には、大小さまざまな四角い開口があけられています。その開口には、扉もガラスも入っていません。
MoMAの解説によれば、開口を通して、ある部屋での出来事が隣の部屋から見え、声も聞こえます。そのことが、家族のつながりを強めるとされています。
開口から見える隣の部屋は、額縁に入った絵のように切り取られます。家の中を移動するたびに、別の部屋の様子が少しずつ見えてきます。
閉じた個室ではなく、気配でつながる小さな居場所の集まり。それがこの家の間取りの考え方です。
部屋を「機能」で分けない
日本の住宅は、居間・食堂・台所と個室の数で「3LDK」のように表されることが多くあります。
この数え方の始まりは、戦後の公営住宅の標準設計「51C型」(1951年)にさかのぼります。食事をする台所と寝室を分ける考え方が広まり、のちに「2DK」「3LDK」という表し方が定着しました。
部屋の数と用途で家を表す方法は、限られた面積で多くの住宅を建てる時代には役に立ちました。けれども、家族の暮らし方が多様になると、その枠に収まらない住まいも求められるようになります。
梅林の家は、その数え方に当てはまりません。小さな部屋が、それぞれ完全には閉じないまま集まっているからです。
artscapeの解説は、家族構成に合わせて部屋を割り振る従来の形を崩し、個人の場所と共同の場所をあいまいにつないだ点を、この家の特徴に挙げています。
どの部屋を誰がどう使うかを、図面が決めきらない。住み手が使い方を見つけていく余地が、間取りの中に残されています。
設計チームにいた石上純也
この家の設計チームには、妹島のほか、棚瀬純孝、石上純也、吉田孝司が名を連ねています(建築資料のデータベース「DAAS」による)。
石上純也は、のちに独立し、細い柱が林のように立つ神奈川工科大学のKAIT工房(2008年)などで知られる建築家です。
石上は2004年、イタリアの建築雑誌『domus』に、梅林の家の内部を紹介する文章を寄せています。
極端に薄い壁や細い柱で、建築の重さを消していく。梅林の家の試みは、次の世代の建築家にも受け継がれていきました。
「自由な平面」の反対側から
ル・コルビュジエは、柱と床で建物を支えるドミノ・システムによって、壁を構造から解放しました。
そこから生まれたのが、壁を自由に置き、部屋を大きくつなげる「自由な平面」です(近代建築の5原則)。
梅林の家は、その反対の方向に進んだ住宅に見えます。壁をなくして広くするのではなく、薄い壁を増やして、小さな部屋をつなぐからです。
ただ、壁を重いものから軽いものへ変え、空間を新しくつなごうとした点では、同じ問いの延長にあるともいえます。
SANAAと妹島和世
妹島和世は1956年生まれ。1995年に西沢立衛と建築家ユニットSANAAを設立し、2010年にはSANAAとしてプリツカー賞を受けました。
SANAAという名前は、「Sejima and Nishizawa and Associates」の頭文字をとったものです。二人はそれぞれの個人の事務所も持ち、住宅などを個人の名前で設計しています。
SANAAの代表作には、スイスのロレックス・ラーニングセンター(2010年)や、金沢21世紀美術館(2004年)があります。
西沢立衛が設計した森山邸(2005年)も、小さな棟を敷地に分けて置いた住宅として知られます。
大きな箱を一つ建てるのではなく、小さな単位を集めて、そのあいだの関係を設計する。二人の住宅に共通する考え方です。
梅林の家の図面で見るところ
「梅林の家 図面」「断面図」と調べる人に向けて、図面の種類ごとに見るところをまとめました。
| 配置図 | 敷地の中ほどに置かれた建物と、まわりに残された梅の木の位置。 |
|---|---|
| 平面図 | 薄い壁で細かく分けられた部屋と、部屋どうしをつなぐ開口の位置。各階で部屋の数と形がどう変わるか。 |
| 断面図 | 3層に積み重なった小さな部屋の高さの違いと、上下の部屋の重なり方。 |
| 壁の厚さ | 図面の上では、16mmの壁はほとんど1本の線にしか見えない。壁の厚さを描き分けた図面と比べると、薄さがよくわかる。 |
竣工後の作品の発表は、『新建築』2004年の号です。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)は、この住宅の5分の1の模型を収蔵しています。
図面を読むときは、部屋の広さよりも、開口の大きさと位置に注目してください。どの部屋から、どの部屋が見えるか。それがこの家の設計の中心です。
見学について
梅林の家は個人の住宅で、一般には公開されていません。建物の前で立ち止まって写真を撮ったり、敷地をのぞき込んだりすることは避けてください。
この家を知るには、建築雑誌の図面や写真、模型をたどるのが確かな方法です。
SANAAの建物を実際に体験したい場合は、金沢21世紀美術館のような公共の建物を訪ねるのがよいでしょう。
薄い壁と、部屋どうしの見え方という考え方は、規模の大きな建物にも受け継がれています。

