チリハウスは、1924年にドイツ・ハンブルクに完成した大型の事務所建築です。設計はフリッツ・ヘーガー。鋭角に尖った角部が大洋を進む船の舳先のように見えることで知られ、煉瓦表現主義の代表作に数えられます。同じ1920年代、白い箱の近代建築とはまったく別の道がここにありました。
硝石貿易が建てたビル
施主は、チリとの硝石貿易で財を成した海運実業家です。ビルの名前「チリハウス」はそのまま商売の由来を示しています。港湾都市ハンブルクの商館街に、貿易の富を象徴するオフィスビルとして計画されました。
第一次大戦に敗れ、インフレに苦しむ1920年代前半のドイツで、この規模の民間建築は例外的です。だからこそ完成したとき、チリハウスは都市の誇りになりました。
敷地の鋭角を船首に変える
敷地は二本の通りが鋭角に交わる、扱いにくい形をしていました。ヘーガーはこの欠点を建物の主役に変えます。鋭角の頂点をさらに研ぎ澄まし、上階を段状に反らせて、煉瓦の壁を船の舳先として立ち上げたのです。
港町の誰もが知る船のイメージを、オフィスビルの角に重ねる。敷地条件・都市の記憶・施主の商売が、一つの造形で同時に解かれています。制約を主役に変えるという意味で、ギエット邸 の狭い間口や 前川國男邸 の資材統制と同じ型の設計判断です。
煉瓦という素材の表現主義
チリハウスの外壁は、北ドイツの伝統素材である焼き締めた煉瓦(クリンカー)です。約480万個ともいわれる煉瓦が、職人の手で一つずつ積まれました。
表現主義の建築は、ガラスや彫塑的なコンクリートに走ることが多かったのですが、ヘーガーは地場の煉瓦と職人技で、幻想的な造形をつくる道を選びました。斜めに置いた煉瓦、浮き出る模様、光で表情を変える壁面。工業化の時代に、手仕事の集積で建てられた摩天楼的ビルです。
白い近代建築と同じ時代に
チリハウス完成の翌年、1925年にはパリでコルビュジエがレスプリ・ヌーヴォー館を建て、1926年にはデッサウのバウハウス校舎が完成します。白い抽象の近代と、煉瓦の物語る近代が、同じ数年に並走していたことになります。
建築史はながく前者を「本流」として記述してきました。しかし現在では、表現主義や地域の素材に根ざした近代を、対等なもうひとつの系譜として見直す動きが定着しています。チリハウスはその再評価の中心にある建物です。
世界遺産の構成資産として
2015年、チリハウスは「ハンブルクの倉庫街とチリハウスを含む商館街」としてユネスコ世界遺産に登録されました。単体ではなく、煉瓦の倉庫群と商館街という都市のまとまりでの登録です。
現在もオフィスビルとして現役で使われています。竣工から百年、用途を変えずに使われ続けていること自体が、この建物の設計の確かさを証明しています。
「もうひとつの近代」を読むために
白い箱だけが近代建築ではありません。煉瓦のチリハウス、北欧の マイレア邸、木のアアルト、様式に立たない 村野藤吾。近代の裾野は広く、コルビュジエ自身も後年には ジャウル邸 で煉瓦に回帰しました。
主流の物語を知ったうえで支流を歩くと、20世紀建築は立体的になります。当サイトの建物記事は、その行き来のための地図として使ってください。

