ル・コルビュジエの作品は世界7か国に散らばっていますが、ベルギーにあるのはこの一軒だけです。アントワープの住宅街に建つギエット邸。幅わずか6メートルという厳しい敷地に建てられた、画家のための住宅兼アトリエです。
コルビュジエがベルギーに建てた唯一の建物
施主は画家であり美術批評家でもあったルネ・ギエットです。設計は1926年、竣工は1927年。コルビュジエが「近代建築の五原則」を定式化しつつあった、まさにその時期にあたります。
同じ1927年には、シュトゥットガルトのヴァイセンホーフ・ジードルングに住宅を出品し、翌1928年にはサヴォア邸の設計に着手します。もっとも実験的だった数年の作品の一つです。
幅6メートルの敷地という条件
ギエット邸を理解する鍵は、敷地の形です。両隣を建物に挟まれた間口の狭い長方形。アントワープの一般的な都市住宅の区画です。
サヴォア邸のように四方から見られる建物ではありません。見えるのは正面と背面だけ。ピロティで持ち上げることも、屋上庭園を広げることも、この敷地では素直にはできません。
コルビュジエが選んだのは、断面で解くという方法でした。細長い箱の内部を上下に組み替え、吹き抜けと階段で光を奥まで通す。平面では解けない条件を、断面の操作で解いています。
画家のための住宅兼アトリエ
ルネ・ギエットが求めたのは、絵を描く場所でした。アトリエには安定した光が要ります。方角の限られたこの敷地で、天井の高い制作空間をどう確保するかが設計の中心課題になりました。
解決は、住居部分の天井を抑え、アトリエに高さを集中させることでした。すべての部屋を同じ高さにしない。用途ごとに天井高を変えるという発想は、後のユニテ・ダビタシオンの断面計画にもつながっていきます。
シトロアン住宅の系譜に置くと見えるもの
コルビュジエは1920年代に「シトロアン住宅」という住宅の型を提案していました。自動車のシトロエンをもじった名前で、規格化された箱に、二層分の高さを持つ居間を組み込むという構成です。
ギエット邸は、この型を狭い都市敷地に適用した実例と読めます。二層分の高さを持つ空間は、ここではアトリエとして現れました。型が現実の条件と衝突したときに、どこを守りどこを譲るか。その判断が見える建物です。
五原則がどこまで実現されたか
近代建築の五原則――ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由なファサード――のうち、ギエット邸で明確に読み取れるのは限られます。
両隣が接している以上、自由なファサードが成立するのは正面と背面だけ。ピロティも全面には使えません。五原則は、独立した敷地でこそ成立する理論だったことが、この建物から逆に見えてきます。
サヴォア邸との比較で読むと、その差がはっきりします。サヴォア邸と近代建築の五原則 をあわせてご覧ください。
世界遺産の構成資産として
2016年、「ル・コルビュジエの建築作品――近代建築運動への顕著な貢献」として17資産が世界文化遺産に登録されました。ギエット邸はそのうちの一つで、ベルギーからの唯一の登録資産です。
7か国にまたがるこの登録は、単独の国では申請できない構成でした。近代建築が国境を越えた運動だったことを、登録の形式そのものが示しています。コルビュジエの世界遺産 に一覧をまとめています。
見学について
ギエット邸は現在も個人所有の住宅です。内部の一般公開は限定的で、外観の見学が中心となります。訪問を計画される場合は、事前に現地の観光案内や管理団体の最新情報をご確認ください。
コルビュジエの他の住宅作品については クック邸、サヴォア邸、レマン湖畔の小さな家 もあわせてご覧ください。

