狭い敷地に、五原則を全部入れた
クック邸(1926年/フランス・ブローニュ=ビヤンクール)は、コルビュジエとピエール・ジャンヌレがアメリカ人ジャーナリストのウィリアム・クックのために設計した住宅です。
敷地は都市部の細長い区画で、決して広くありません。それでもこの住宅には近代建築の五原則がすべて現れています。
ピロティで1階を空け、屋上庭園を載せ、自由な平面で間仕切りを配置し、水平連続窓を開け、自由な立面を実現する。
コルビュジエ自身が、五原則が最も明快に示された住宅として位置づけました。
上下がひっくり返っている
この住宅の平面には、当時としては大胆な操作があります。主要な居室が最上階に置かれていることです。
通常の住宅は、1階に居間、上階に寝室を置きます。クック邸は逆です。1階はピロティと玄関、上階に寝室、最上階に居間と屋上庭園。
理由は明快です。上のほうが光がよく入り、眺めがよく、屋上庭園に直結する。都市の狭い敷地で、最良の環境を得るための判断でした。
この構成はサヴォア邸にも引き継がれます。
サヴォア邸の2年前
クック邸は1926年、サヴォア邸(1928–31年)の2年前に完成しています。
サヴォア邸は広い敷地に自立した箱として建ち、四方から見られることを前提としています。クック邸は両隣に建物がある都市型住宅です。
五原則が、まず都市の制約のなかで試され、それから自由な敷地で完成形に至った——この順序は重要です。理想を先に描いたのではなく、実務のなかで原則が固まっていきました。
「五原則」はいつ書かれたか
「近代建築の五原則」がまとまった文章として発表されたのは1927年、ヴァイセンホーフ・ジードルングの時期です。
つまりクック邸は、原則が言語化される前年に建っています。理論を建物に当てはめたのではなく、建物を作りながら固まった考えが、あとから言葉になったということです。
この順序は、コルビュジエの仕事全体を理解するうえで重要です。彼は理論家として知られますが、理論の多くは実作の後から整理されたものでした。
平面図で見ると教科書になる
クック邸は、五原則を学ぶのに最も適した図面を持っています。
平面図では、柱の位置と間仕切りの位置が一致していないことが一目でわかる。断面図では、ピロティ・居室・屋上庭園の積層と、上下逆転の構成が読める。立面図では、水平連続窓が構造から独立していることが確認できます。
装飾も例外もない、原則がそのまま形になった住宅です。サヴォア邸の図面と並べて見ると、2年間の展開がわかります。
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