ブラザー・クラウス野外礼拝堂は、ドイツ西部ノルトライン=ヴェストファーレン州メッヒャーニッヒ市ヴァッヘンドルフの畑の中に、2007年に献堂された小さな礼拝堂です。
設計は、スイスの温泉施設テルメ・ヴァルスでも知られるピーター・ズントーです。
地元の農家の夫妻が依頼し、仲間とともに自らの手で建てたこと、そして丸太を燃やして内部の空間を取り出すという前例のない施工法で知られています。
畑の中に立つ、ひとつの塔
ヴァッヘンドルフの村はずれ、見渡すかぎりの畑の中に、角ばったコンクリートの塔がひとつだけ立っています。周囲に建物はなく、村から畑の道を歩いてたどり着きます。
建物に近づく道のりそのものが、巡礼の一部になっている礼拝堂です。
外観は、表面に層の筋が走る、飾りのない五角形の塊です。窓らしい窓はなく、三角形の扉がひとつあるだけ。遠くから見ると、畑の中に置かれた石碑のようにも見えます。
礼拝堂の献堂は2007年5月19日とされています。ミサを行うための教会ではなく、個人が立ち寄って祈るための小さな場所です。
農家の夫妻が依頼し、自ら建てた
礼拝堂を依頼したのは、この土地の農家ヘルマン=ヨーゼフ・シャイトヴァイラーと妻のトゥルーデルです。
夫妻は信仰への感謝のしるしとして、自分たちの畑に礼拝堂を建てたいと考え、ズントーに手紙を書いたと伝えられています。
礼拝堂は、スイスの聖人ニクラウス・フォン・フリューエ(1417〜1487年)に捧げられました。農民として暮らし、家族をもち、のちに隠者となった人物で、「ブラザー・クラウス」の名で親しまれています。
農家の夫妻が、農民の聖人に捧げた礼拝堂ということになります。
ズントーは依頼を引き受け、建設の多くは夫妻と友人、地元の人々の手で進められたとされています。
専門の施工会社に任せるのではなく、住民が自分たちでつくれる工法であることが、この建物の形を決める条件のひとつになりました。
なぜ「野外」礼拝堂なのか
この礼拝堂は、日本語では「野外礼拝堂」と訳されることが多い建物です。ドイツ語の名称には「畑の礼拝堂」という意味が含まれ、村の教会ではなく、畑の中に置かれた祈りの場であることを示しています。
ヨーロッパの農村には、畑や道ばたに小さな礼拝堂や十字架を建てる習慣が古くからありました。農作業の合間や、道を行く人が立ち止まって祈るための場所です。
ブラザー・クラウス野外礼拝堂は、その伝統の延長線上にあるといえます。
ズントーは、この伝統的な「畑の礼拝堂」を、現代の素材と工法でつくり直しました。形は新しくても、畑を歩いてたどり着き、ひとりで静かに祈るという使われ方は、昔ながらの畑の礼拝堂と変わりません。
112本の丸太と、24層のコンクリート
施工の手順は、この礼拝堂を理解するうえで欠かせません。まず、112本のトウヒの丸太を、先端を寄せ合わせたテントのような形に組み立てました。これが内部空間の型枠になります。
その周りに外側の型枠を立て、コンクリートを流し込んで突き固めていきます。1回に打つ高さは約50センチ。これを24層繰り返して、高さ約12メートルの塔が立ち上がりました。
外壁に水平の筋が見えるのは、この一層ごとの打設の跡です。
一度に大量のコンクリートを流し込むのではなく、人の手で少しずつ積み上げていく。
時間をかけて層を重ねるつくり方は、住民が自分たちで建てるという条件から導かれたものであり、同時に建物の表情そのものにもなっています。
丸太を燃やして、内部を取り出す
コンクリートが固まったあと、内部に残された丸太の型枠に火が入れられました。約3週間、火をくすぶらせ続けて丸太を乾燥・炭化させ、そのあとで取り除いたとされています。
こうして現れた内部は、真っ黒に焦げた壁が上に向かって細く絞られていく、洞窟のような空間です。壁には丸太の形がそのまま刻まれ、焦げた木の匂いが残っていたと伝えられています。
見上げると、天井の頂部には涙のしずくのような形の開口があり、そこから空と光が見えます。
壁には、型枠を固定していた部材を抜いた跡の小さな穴がたくさんあり、そこにはガラスの玉がはめ込まれています。暗い室内で、小さなガラス玉が星のように光を通すのです。床には、溶かした鉛が流されたとされます。
ズントー建築の「つくり方」
ズントーは、スイスの テルメ・ヴァルス でも、地元の石を薄い板にして積むことで、壁の表情そのものをつくりました。
ブラザー・クラウス野外礼拝堂でも、建てる過程がそのまま空間の質になるという考え方は共通しています。
外は硬く静かなコンクリート、内は焼けた木の記憶が刻まれた黒い空間。そこに頂部の開口から一筋の光が落ちる。
光の扱いという点では、厚い壁に穿った開口から光を落とす ロンシャンの礼拝堂 や、コンクリートの壁に十字の光を刻んだ 光の教会 と比べて読むと、それぞれの違いが見えてきます。
ル・コルビュジエの ラ・トゥーレット修道院 も、打放しコンクリートと限られた光で祈りの場をつくった建物です。
近代以降の宗教建築が、装飾ではなく素材と光で聖なる空間をつくってきた流れのなかに、この小さな礼拝堂も位置づけられます。
ニクラウス・フォン・フリューエという聖人
礼拝堂が捧げられたニクラウス・フォン・フリューエは、15世紀のスイスに生きた人物です。
農民として働き、家庭をもち、地域の役職も務めましたが、50歳のころに家族の同意を得て家を離れ、隠者として祈りの生活に入ったと伝えられています。
人々から「ブラザー・クラウス」と呼ばれ、争いの調停にも関わったとされ、のちにスイスの守護聖人として敬われるようになりました。農民であり、家族をもち、それでも祈りの生活を選んだ人物です。
畑の中にひとつだけ立つ礼拝堂の姿は、人里を離れて祈った隠者の暮らしを思わせます。依頼した農家の夫妻が、なぜこの聖人に礼拝堂を捧げたのか。
その理由を想像しながら訪れると、建物の簡素さがいっそう意味を帯びてきます。
小さな建物が世界に知られた理由
ブラザー・クラウス野外礼拝堂は、内部に数人が入れるほどの小さな建物です。それにもかかわらず、完成後まもなく世界中の建築関係者が訪れる場所になりました。
その理由のひとつは、建物の形と、建てる過程と、祈りの意味がひとつに結びついていることにあります。丸太を組み、層を重ね、火を入れて内部を取り出す。
その手順が、そのまま内部の黒い壁や頂部の光として体験できるのです。
もうひとつは、名の知れた建築家が、地元の農家の依頼に応え、住民の手でつくれる方法を考え抜いたという経緯です。
大きな予算や最新の技術ではなく、限られた条件から生まれた建築が、かえって強い力をもつことを、この礼拝堂は示しています。
訪れるには
礼拝堂は、ケルンから南西に車で1時間ほどの距離にあります。村の駐車場から畑の中の道を20分ほど歩いて向かうのが一般的です。公共交通だけで訪れるのは難しい場所なので、計画は慎重に立ててください。
礼拝堂は私有地に建つ祈りの場です。開いている時間帯は季節によって異なり、冬期などは閉まっていることもあります。訪問前に、地元の案内などで最新の情報を確認しましょう。
内部は非常に狭く、静かに祈る人のための場所です。大声で話したり、長時間撮影を続けたりすることは控え、畑の持ち主と信仰の場への敬意をもって訪れてください。
畑の道を歩きながら、遠くに見える塔が少しずつ大きくなっていく過程も、この礼拝堂の体験の一部です。急がず、時間に余裕をもって訪れてください。

