4枚の壁だけで、家を宙に浮かせる
スカイハウス(1958年/東京都文京区)は、菊竹清訓が自邸として設計した住宅です。
約10メートル四方の正方形の床が、4枚の壁柱だけで地面から持ち上げられています。柱ではなく壁。しかも各辺の中央に1枚ずつ配置されているため、四隅には何もありません。床の四隅は宙に浮いた状態で、支持点は4か所だけです。
内部は間仕切りのない一室空間。台所と浴室は「ムーブネット」と呼ぶ着脱可能なユニットとして扱われ、必要に応じて更新・移動できる構想でした。
ピロティの、日本での翻訳
建物を地面から持ち上げる操作は、コルビュジエのピロティそのものです。
ただし目的が少し違います。コルビュジエのピロティは、都市において地面を歩行者に返すためのものでした。スカイハウスの場合、敷地は傾斜のある高台にあり、持ち上げることで眺望を得て、湿気を避け、下部を空けておくという実務的な意味が強い。
そして四隅を支えないという選択は、コルビュジエのピロティにはないものです。柱が林立するのではなく、壁が4枚だけ立つ。構造として難度が高く、その分だけ浮遊感が強調されます。
「自由な平面」を、極限まで進めた
内部に間仕切りがないという点では、ミースのユニバーサル・スペースに近い。ただしミースが用途を後から決めさせたのに対し、菊竹は設備ユニットを着脱することで用途を変えるという仕組みを考えました。
実際、子どもの誕生に合わせて床下に子供室が増築されています。建築が固定された完成形ではなく、変化していくものだという考え方——この点で、後のメタボリズム運動の出発点に位置づけられます。
中銀カプセルタワービル(黒川紀章、1972年)のカプセル交換構想は、この延長線上にあります。
断面図でしか見えないこと
スカイハウスの特徴は、平面図では伝わりません。4枚の壁柱がどう立ち、床がどの高さに架かり、下部がどれだけ空いているか——これらは断面図で初めて読めます。
のちに床下へ増築された子供室も、断面で見ると当初の設計思想との関係がわかります。浮かせた床の下という余白が、あらかじめ用意されていたことが確認できるからです。
コルビュジエのピロティを断面で見る場合も同じです。サヴォア邸の断面を開くと、持ち上げられた1階に何が置かれ、上階とどうつながっているかが見えてきます。
いまも建っている
スカイハウスは竣工から60年以上を経て、現存しています。中銀カプセルタワービルが2022年に解体されたのとは対照的です。
変化を前提とした建築が生き延び、交換を前提とした建築が交換されないまま失われた。「更新できる建築」という理念が、実際にはどう働いたのかを考えるうえで、この2棟の対比は具体的な材料になります。
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