2本の芯に、箱をボルトで留める
中銀カプセルタワービル(1972年/東京・銀座)は、黒川紀章が設計した集合住宅です。
構造は明快です。エレベーターと階段を収めた2本のコア(芯)が立ち、そこに140個の直方体のカプセルが取り付けられている。カプセルは工場で製造され、現場に運ばれてクレーンで吊り上げ、ボルト4本で固定されました。
1つのカプセルは約10平方メートル。内部にはベッド、収納、ユニットバス、そして当時の最新機器だったテープデッキや電卓が造り付けられていました。
交換されることが前提だった
この建築の核心は、カプセルを25年ごとに交換するという構想にありました。
建物全体を建て替えるのではなく、古くなった部分だけを取り替える。生物が細胞を入れ替えながら生き続けるように、建築も新陳代謝すべきだ——これがメタボリズム(新陳代謝)と呼ばれた運動の主張でした。
しかし交換は一度も行われませんでした。区分所有という権利関係、配管がコアに集約された構造、費用。理念と実務の距離は大きく、老朽化が進んだ末に2022年に解体されました。一部のカプセルは保存・再生され、美術館などに収蔵されています。
ユニテ・ダビタシオンからの距離
「住戸をユニットとして扱い、構造体に差し込む」という発想は、コルビュジエのユニテ・ダビタシオン(マルセイユ、1952年)にすでにありました。
ユニテでは、コンクリートの架構という棚に、住戸という箱を左右から差し込む構成が採られています。ワインラックにボトルを寝かせる構造と説明されるものです。ただしユニテの住戸は現場で打設されており、取り外すことはできません。
中銀が踏み込んだのは、ユニットを本当に着脱可能にするという一点でした。ユニテが比喩として持っていた「差し込む」を、文字通り実行しようとした。その一歩が、実務的には最も難しい一歩だったことになります。
断面図で見る、二つの集合住宅
ユニテと中銀を断面図で並べると、考え方の違いが見えます。
ユニテは住戸が上下2層にまたがり、廊下を挟んで互い違いに噛み合っています。そのため廊下は3層に1本で済み、各住戸は建物を貫通して両側に開口を持てる。
中銀はカプセルが独立して1つずつコアに取り付いている。各カプセルの開口は円窓1つだけです。
片方は断面の噛み合わせで密度を稼ぎ、もう片方は着脱可能性を優先した。設計の優先順位が、そのまま断面の形に現れています。
解体後に残るもの
実物が失われた今、この建築を伝えるのは写真と図面です。
バルセロナ・パヴィリオンが図面をもとに再建されたように、記録が残っていれば建築は時間を越えます。中銀の場合も、図面とカプセル現物の保存によって、その思想は検証可能な形で残りました。
ユニテの側は現存し、いまも人が住んでいます。同じ発想から出発した二つの集合住宅が、まったく違う結末を迎えた。その比較は、図面を並べたときに最も明瞭になります。
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