駅前に、地下の広場をつくる
新宿西口広場・地下駐車場(1966年)は、坂倉準三が設計した都市施設です。
新宿駅西口では、地上に車のロータリー、その下に歩行者のための広場と地下鉄・地下街への接続が置かれています。人が車を横切らずに、駅から街へ移動できる。すり鉢状に開いた開口からは自然光が地下まで届き、地上と地下が視覚的につながります。
今では当たり前に使われている空間ですが、竣工当時としては大規模な立体分離の実践でした。
歩車分離という主題
20世紀の都市計画が直面した最大の問題は、自動車の急増でした。
コルビュジエの都市論は、この問題への解答として組み立てられています。「300万人の現代都市」(1922年)や「輝く都市」(1930年代)では、交通の種類ごとに高さを分けるという考え方が繰り返し示されました。ピロティで建物を持ち上げ、地面を歩行者に返すという発想も、同じ問題意識から出ています。
坂倉が新宿でやったのは、この理念を既にある巨大ターミナルに後から適用することでした。理想都市を白紙から描くのではなく、日本最大級の乗降客をさばく現実の駅前で実装する。難度はまったく違います。
坂倉準三とコルビュジエ
坂倉準三は1931年から1936年までコルビュジエのアトリエに在籍しました。日本人としては前川國男に続く二人目で、在籍期間は最も長い部類に入ります。
1937年のパリ万国博覧会では日本館を設計し、建築部門のグランプリを受賞しました。帰国後は神奈川県立近代美術館 鎌倉(1951年)などを手がけ、さらに新宿西口のような都市規模の仕事へ進みます。
また前川國男・吉阪隆正とともに、国立西洋美術館の実施設計を担当しました。コルビュジエの基本設計を日本で建つ建物へ翻訳した3人のひとりです。
断面図でしか読めない都市
新宿西口広場は、地図(平面図)を見ても本質がわかりません。断面図を開いたときに初めて、この空間が何をしているかが理解できます。
地上の車道、その下の歩行者広場、さらに下の駐車場と地下鉄。どの層とどの層が、どこでつながっているか。光がどこから落ちてくるか。すべて断面に描かれています。
コルビュジエの都市計画図も同様です。平面だけを見ると機能を色分けした図に見えますが、断面を見ると交通と人をどう立体的に分けようとしたかが現れます。
いまも毎日使われている
この広場は、竣工から半世紀以上を経て、いまも一日に膨大な人が通過する場所です。建築作品としてよりも、インフラとして機能し続けている。
坂倉準三は1969年に亡くなりました。彼が新宿で試みたことは、その後の日本の駅前開発の原型のひとつになっています。
コルビュジエの都市構想を図面で確かめたい方は、下記のユニテ・ダビタシオンの手描き構想図をご覧ください。垂直の庭園都市という、もうひとつの解答が描かれています。
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