ルイ・カレ邸は、フランスの画商ルイ・カレと妻オルガのために、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトが設計した住宅です。
パリの西、イヴリーヌ県バゾッシュ=シュル=ギヨンヌの丘に建ち、1959年に完成しました。
建物だけでなく、家具、照明、庭までアアルトが手がけた総合的な作品で、アアルトがフランスに残した住宅として知られています。
画商ルイ・カレという施主
ルイ・カレ(1897〜1977年)は、パリで画廊を営み、ピカソやマティス、レジェ、デュフィらの作品を扱った画商です。
近代美術の作家たちと深く関わった人物で、自宅にもそのコレクションを飾ることを考えていました。
アアルト財団によれば、ルイ・カレは1956年の秋、住宅の設計についてアアルトに連絡をとりました。美術品を飾る場所であり、客を迎える場所であり、夫妻が暮らす場所でもある住宅。
求められたのは、その三つを両立させることでした。
アアルトとルイ・カレは、ヴェネツィア・ビエンナーレの会場で知り合ったと伝えられています。画商が北欧の建築家に自宅を託したのは、アアルトの建築に、美術作品と響き合う柔らかな空間を見いだしたからでしょう。
1956年から設計、1959年に入居
設計は1956年から1959年にかけて進められ、夫妻は1959年6月にこの家へ移り住みました。その後、1961年から1963年にかけても手が加えられています。
敷地は、なだらかな丘の斜面です。アアルトは、建物をこの傾斜に沿わせるように配置し、周囲の景色と一体になるように計画しました。
当時のアアルトは、フィンランド国内で数多くの公共建築を手がけ、国際的な評価も確立していました。そのなかで、国外に住宅を設計することは多くありません。
ルイ・カレ邸は、アアルトの住宅作品のなかでも、とりわけ完成度の高い一軒として評価されています。
パリ近郊の田園に建つ理由
ルイ・カレはパリで画廊を営みながら、郊外の田園に住まいを求めました。バゾッシュ=シュル=ギヨンヌは、パリから西へ車で1時間ほどの、畑と森に囲まれた小さな村です。
都市の画廊で作品を扱い、週末や休暇には田園の家で作品とともに過ごす。都市と田園の二つの場所を行き来する暮らしは、当時のパリの文化人に広く見られたものでした。
アアルトにとっても、丘の斜面と遠くまで開けた景色は、住宅を土地に沿わせるという自らの考え方を存分に生かせる条件でした。
北欧の森や湖のほとりで培われたアアルトの感覚が、フランスの田園の丘でどう生かされたかを見ることができるのも、この住宅の魅力です。
土地の傾斜に沿う、青いスレートの屋根
外観でまず目に入るのは、大きく傾いた片流れの屋根です。屋根は、ノルマンディー産の青みがかったスレートで葺かれ、丘の斜面の傾きをなぞるように下っていきます。
建物を地形から切り離して台の上に置くのではなく、地形の延長として屋根をかける。白い箱を柱で持ち上げたサヴォア邸と比べると、その違いは鮮明です。
アアルトは、土地の形そのものを建築の形に取り込むことを好んだ建築家でした。
壁には白い仕上げと木、石が組み合わされています。フランスの田園の景色のなかで、北欧の素材感とフランスの地元の材料が混じり合った、穏やかな外観です。
波打つ木の天井と、ギャラリーの壁
玄関を入ると、大きく波打つ木の天井が迎えます。細い木の板を並べたこの天井は、フィンランドから来た大工たちが現場で仕上げたとされています。
天井の高さは玄関ホールで最も高く、奥の居間に向かって下っていきます。
玄関ホールには、絵画を掛けるためのギャラリーの壁が設けられています。この壁は、客を迎える公的な部分と、夫妻の私的な部分を分ける役割も担っていました。
美術品を飾る壁が、同時に住まいの間仕切りになるという、画商の家ならではの解決です。
居間は庭と景色に向かって大きく開かれ、天井から入る光と窓からの光が、美術品を柔らかく照らすように計画されています。
家具、照明、庭まで
ルイ・カレ邸では、家具や照明器具の多くがこの家のためにデザインされました。アアルトは建物と室内をひとつのものとして設計することを大切にした建築家で、ここでもその姿勢が徹底されています。
庭も住宅の一部として計画されました。芝生の段を重ねた階段や、スレートを使った小さな円形劇場のような場所がつくられ、建物から庭へ、庭から丘の景色へと、空間が段階的に広がっていきます。
アアルトの住宅作品としては、フィンランドの マイレア邸 もまた、美術品のコレクターのための住宅でした。二つを比べると、アアルトが美術と暮らしをどう結びつけようとしたかがよくわかります。
自身の住まいについては アアルト自邸 で紹介しています。
美術品のための光
画商の家であるルイ・カレ邸では、美術品をどう照らすかが設計の大きなテーマでした。絵画は強い直射日光に弱く、かといって暗すぎれば色が見えません。
アアルトは、窓の位置や天井の形を工夫して、柔らかく均一な光を室内に取り込もうとしました。
玄関ホールの高い天井と、そこから居間へと下っていく木の天井の曲面は、光を受け止めて室内に広げる反射板の役割も果たしていると見ることができます。
自然光に加えて、アアルトがデザインした照明器具が、夜の室内で作品を照らします。
アアルトは、図書館や美術館の設計でも、天井から入る光をやわらかく拡散させる工夫を重ねてきました。ルイ・カレ邸には、そうした公共建築で培われた光の技術が、住宅の規模で凝縮されています。
アアルトの住宅としての位置づけ
アアルトの住宅作品は、数の上では公共建築ほど多くありません。
そのなかで、フィンランドの マイレア邸(1939年)、ヘルシンキの 自邸(1936年)、そしてルイ・カレ邸(1959年)は、それぞれの時代を代表する住宅として並べて語られます。
自邸は近代建築の手法を北欧の暮らしに合わせた出発点、マイレア邸は森と素材を取り込んだ実験的な住宅、そしてルイ・カレ邸は、円熟期のアアルトが、建物、家具、照明、庭まで一貫して手がけた総合的な作品です。
ルイ・カレ邸は、アアルトがフランスに残した住宅として、フィンランド国外でアアルトの住宅建築を体験できる貴重な場所です。
三つの住宅を年代順にたどると、アアルトの住宅観がどう深まっていったかがよくわかります。
見学するには
ルイ・カレ邸は、1996年にフランスの歴史的記念物に指定されたとされています。現在は財団によって管理され、3月から11月ごろにかけて、事前予約制で見学が受け付けられています。
パリ中心部からは電車と車を組み合わせて向かうことになり、公共交通だけでのアクセスはやや不便です。見学日や予約方法は年によって変わるため、訪問前に公式サイトで最新の情報を確認してください。
パリ近郊では、ル・コルビュジエの サヴォア邸 も同じくイヴリーヌ県にあります。コルビュジエの白い箱と、アアルトの傾斜する屋根。二つの住宅を続けて訪ねると、近代建築の二つの方向性を体で比べることができます。
アアルトとコルビュジエの関係は コルビュジエとアルヴァ・アアルト で紹介しています。
訪問の際は、建物の外観を見る前に、敷地の入口から丘の斜面と屋根の傾きの関係を遠目に確かめておくと、屋根が土地の延長としてかけられていることがよくわかります。
室内では、玄関ホールの天井の曲面が奥の居間へどう続いていくかに注目してください。

