アルヴァ・アアルト(1898-1976)は、近代建築運動の内部にいながら、その合理主義に修正を加え続けた建築家です。言葉は多くありませんが、残されたものはいずれも人間の身体という基準に立っています。5つの言葉を読み解きます。
近代建築を、内側から修正した人
アアルトはフィンランドの建築家で、1920年代末から国際的な近代建築運動に加わりました。近代建築国際会議(CIAM)にも参加しています。つまり運動の外にいた人ではありません。
それでいて、彼の建物は白い箱になりませんでした。木を多用し、曲線を使い、壁の表面に手触りを残す。合理主義の枠組みを受け入れたうえで、人間の身体感覚を持ち込んだ。この立ち位置が、言葉にもそのまま出ています。日本語訳は当編集部によるものです。
1. 「建築の目的は、人間を守ることにある」
出典:講演や論考でくり返された趣旨の主張です。
意味と解説:
素朴に見えて、当時としては対抗的な主張でした。1920年代の近代建築は、効率、衛生、標準化を掲げていました。アアルトはそこに守るという語を置きます。
パイミオのサナトリウム(1933年)は結核療養所です。患者は一日の大半を仰臥して過ごす。アアルトは天井の色を落ち着いた色調にし、照明を視野に直接入らない位置へ移し、洗面器は水音が立たない角度で設計しました。パイミオのサナトリウム をご覧ください。
2. 「建築家は、患者になってみなければならない」
出典:パイミオのサナトリウムの設計を語る文脈で伝えられてきた趣旨です。
意味と解説:
アアルト自身が若い頃に病を得た経験を持つと語られます。設計にあたって病室に横になり、天井を見上げる姿勢から検討したという逸話は、この言葉と結びついて伝わってきました。
設計者の視点ではなく、使用者の姿勢から寸法を決める。コルビュジエのモデュロールが立った人間の身長から寸法体系を導いたのに対し、アアルトは横たわった人間から始めました。同じ人体基準でも、姿勢が違います。
3. 「標準化は、人間を型にはめるためのものではない」
出典:標準化をめぐる論考で展開された趣旨の主張です。
意味と解説:
アアルトは標準化そのものは否定しませんでした。彼が提案したのは、自然界の標準化です。木の葉は同じ種でも一枚ずつ違う。同じ原理で、標準部材から多様な組み合わせが生まれるようにすべきだ、と論じました。
椅子の脚を積層合板の曲げ加工で作った「L-レッグ」は、その実装です。同じ部材が、椅子にもスツールにもテーブルにもなる。標準化を、均一化ではなく変化の基盤として使った例です。
4. 「私はいつも、一枚の紙と一本の鉛筆から始める」
出典:設計手法を語る文脈で伝えられてきた趣旨です。
意味と解説:
条件の整理や図式から入らず、手を動かしながら形を探す進め方です。アアルトの初期スケッチには、建築とは思えない有機的な線が並びます。
マイレア邸(1939年)の不規則な柱の配置は、この過程から出てきたものです。合理主義の建築家であれば柱は等間隔になるところを、森の木立のように散らしました。マイレア邸 をご覧ください。
5. 「神は、紙を建築のために創った」
出典:アアルトの発言として伝えられているものです。
意味と解説:
前項と対になる、軽口の形をとった設計論です。紙の上でしか建築は始まらない、という趣旨に読めます。
同時に、木材の国フィンランドの建築家らしい一句でもあります。紙は木からできている。アアルトの建物と家具は、いずれも木という素材の性質から出発していました。
コルビュジエと同じ会議に出席しながら
アアルトとコルビュジエは、ともに近代建築国際会議(CIAM)に参加した同時代人です。近代建築という共通の枠組みのなかにいながら、両者の建物は驚くほど似ていません。
コルビュジエは白い塗装とコンクリート、直角、そして普遍的な原理を求めました。アアルトは木と煉瓦、曲線、そして土地ごとの答えを選びました。近代建築は一つではなかったことを、この二人の並置がはっきり示します。
とはいえ、コルビュジエ自身も後年には木と曲線へ向かいます。カップ・マルタンの休暇小屋は丸太と合板の小屋でした。出発点は正反対でも、終着点は近づいていたと見ることもできます。
二人の関係は コルビュジエとアルヴァ・アアルト に、コルビュジエ自身の言葉は ル・コルビュジエの名言10選とその真意を読み解く にまとめています。

