カステルヴェッキオ美術館は、イタリア北部の都市ヴェローナにある14世紀の城を、建築家カルロ・スカルパ(1906〜1978年)が改修してつくった美術館です。
1964年に開館し、古い建物に積み重なった時代の層を読み解き、剥がし、新しい素材で継ぎ直すその手法は、今も歴史的建造物の改修を学ぶ人の必修科目になっています。
ヴェローナの「古い城」
カステルヴェッキオはイタリア語で「古い城」を意味します。城は、ヴェローナを治めたスカラ家によって1354年から1356年にかけて、アディジェ川に架かるスカリジェロ橋とともに建てられました。
その後の数百年間、城はさまざまな用途に使われ、そのたびに手が加えられてきました。19世紀初頭には、ナポレオン時代のフランス軍が中庭に面して兵舎を建てています。
20世紀に入ると美術館として整備されますが、その際には中世風に見せるための装飾が付け加えられました。
つまりスカルパが向き合ったのは、単なる中世の城ではなく、いくつもの時代の手が重なり合い、どこまでが本物かわかりにくくなった建物だったのです。
1958年から、スカルパの改修
美術館の公式サイトによれば、スカルパは1958年から1964年にかけて改修を進め、美術館は1964年12月20日に開館しました。その後も1973年ごろまで手が加えられています。
改修は、館長リチニスコ・マガニャートとスカルパの協働によって進められました。どの作品をどこに置き、どう見せるかという展示の計画と、建物の改修が一体で考えられたのが、この美術館の特徴です。
美術館には、スカルパがこの仕事のために描いた約600枚の図面が保管されています。細部まで何度も描き直された図面は、スカルパの設計の進め方を伝える貴重な資料です。
城と橋と川がつくる風景
カステルヴェッキオは、アディジェ川のほとりに建ち、城と一体に築かれたスカリジェロ橋が対岸へと延びています。赤い煉瓦の城壁と、銃眼の並ぶ橋は、今もヴェローナを代表する風景のひとつです。
橋は第二次世界大戦の末期に破壊されましたが、戦後、川から回収した材料を使って再建されました。
失われたものを、元の材料を生かしてよみがえらせるという経験は、同じ時代に進められたスカルパの城の改修とも響き合うものがあります。
美術館を訪れる際は、城の中だけでなく、橋の上から城全体を眺めることをおすすめします。川と城と橋がつくる大きな風景の中に、スカルパの改修がどう位置づけられているかを実感できます。
後世の付加を剥がし、歴史の層を見せる
スカルパがまず行ったのは、20世紀初めに加えられた中世風の装飾など、「偽物」の付加を取り除くことでした。
そのうえで、城の各部分がどの時代のものかを見きわめ、それぞれの層がはっきり見えるように整理しました。
新しく加えた部分は、古い部分と見分けがつくように、鉄、コンクリート、ガラス、しっくいなど、あえて異なる素材と納まりで作られています。古いものを古いまま見せ、新しいものは新しいと正直に示す。
古い床と新しい床のあいだにわずかな隙間をとり、壁と展示台を直接触れさせないといった細かな工夫が、館内のいたるところに見られます。
改修を「元に戻すこと」ではなく、「時間の重なりを読めるようにすること」と捉えたこの考え方は、その後の世界の保存・改修の考え方に大きな影響を与えました。
カングランデの騎馬像
美術館の見どころとしてよく挙げられるのが、ヴェローナの領主カングランデ1世・デッラ・スカラの騎馬像の展示です。
14世紀の石像は、建物の異なる時代の部分が接する場所に、コンクリートの台に載せて空中に据えられています。
来館者は、この像を下から見上げ、橋のような通路から横に見て、さらに別の階から見下ろすことになります。ひとつの作品を、複数の高さと角度から見るように動線が組まれているのです。
像の置かれた場所は、同時に、城の建物のつなぎ目を露わにする場所でもあります。作品を見せることと建物の歴史を見せることを、一つの操作で同時に成し遂げた、スカルパらしい解決です。
近代建築と「古いもの」
20世紀の近代建築は、多くの場合、古い街や建物を乗り越えるべきものとして扱いました。
ル・コルビュジエがパリの中心部を高層棟で建て替える「ヴォワザン計画」を発表したことは、その象徴としてよく知られています。
スカルパの仕事は、そうした近代建築の流れのなかで、古いものと新しいものをどう共存させるかという別の問いに正面から答えたものでした。
近代的な素材と精密なディテールを使いながら、歴史を消すのではなく読めるようにする。その姿勢は、現在のリノベーションの考え方の源流のひとつといえます。
ル・コルビュジエの 国立西洋美術館 は、展示の動線を「うずまき」として新しく計画した美術館でした。まったく新しく建てる美術館と、古い城を改修する美術館。
両者を比べると、作品を見せる建築の考え方の幅がよくわかります。
細部に宿るスカルパの手
スカルパは、建物全体の構成と同じくらい、細部の納まりに力を注いだ建築家でした。
カステルヴェッキオ美術館でも、展示台の脚、作品を支える金具、手すりの端部、床材の継ぎ目にいたるまで、ひとつひとつが丁寧にデザインされています。
彫刻を載せる台は、作品の重さや形に合わせて一点ずつ考えられ、作品が床や壁からわずかに浮いて見えるように工夫されています。絵画を掛けるイーゼルも、作品を壁から離して空間の中に置くためのものです。
こうした細部は、作品を目立たせるための「脇役」であると同時に、それ自体が見る価値のある造形になっています。
作品と建物と展示具が、ひとつの考え方でつながっていることが、この美術館を特別なものにしています。
カルロ・スカルパという建築家
カルロ・スカルパは1906年にヴェネツィアで生まれ、ヴェネツィアの美術学校で学びました。
若いころはガラス工房ヴェニーニのデザインに携わり、ガラスという素材を深く知ったことが、その後の建築にも生かされています。
スカルパの仕事の多くは、新しく建てることよりも、既存の建物の改修や展示の設計でした。
ヴェネツィアのアカデミア美術館やクエリーニ・スタンパリア財団、パレルモのアバテッリス宮など、歴史的な建物に手を入れた作品が数多く残されています。
スカルパは1978年、旅先の仙台で事故により亡くなりました。晩年に手がけたブリオン家墓地には、スカルパ自身も眠っています。
日本の建築や庭園に関心を寄せていたことでも知られ、その細部の感覚には日本の職人仕事との共通点を見いだす人もいます。
訪れるには
カステルヴェッキオ美術館は、ヴェローナの旧市街、アディジェ川沿いにあります。アレーナ(円形闘技場)から歩いて10分ほどで、スカリジェロ橋とあわせて訪れることができます。
館内には、中世からルネサンス期の彫刻や絵画、武具などが展示されています。展示品と同時に、それを支える台や金具、床や壁の納まりにも目を向けると、スカルパの仕事の細かさを実感できます。
開館日や時間は変わることがあるため、訪問前にヴェローナ市立美術館の公式サイトで確認してください。
スカルパの作品はほかに、ヴェネツィアのクエリーニ・スタンパリア財団やオリヴェッティのショールーム、ブリオン家墓地などがあり、北イタリアで続けて巡ることができます。
スカルパの改修は、完成した姿だけでなく、何を残し、何を取り除き、何を新しく加えたかという判断の連続として見ると、いっそう面白く読めます。
館内を一周したあと、もう一度入口から歩き直してみると、最初は気づかなかった継ぎ目や段差が見えてくるはずです。

