「東京・上野の国立西洋美術館」—唯一の日本作品に隠された秘密

「東京・上野の国立西洋美術館」—唯一の日本作品に隠された秘密

なぜ上野にコルビジェ建築があるのか?

戦後、フランス政府から返還されることになった「松方コレクション(印象派などの美術品)」。その受け皿となる美術館の建設が条件となり、設計者として白羽の矢が立ったのがル・コルビュジエでした。日本の建築界からの熱烈なラブコールもありました。

1955年に彼が来日した際、建設地の上野公園を視察し、わずか数日で基本設計のスケッチを描き上げたと言われています。京都や奈良も見学し、日本の伝統建築にも触れた彼のインスピレーションが、この場所に凝縮されています。これが、東アジアで唯一のコルビジェ建築誕生のきっかけとなりました。

「無限成長美術館」というコンセプト

この美術館の最大の特徴は、コレクションが増えるにつれて、中心から渦巻き状に外側へと増築していける「無限成長美術館(Musée à croissance illimitée)」というアイデアです。アンモナイトのように中心から外へ広がる構造は、彼の都市計画の理想型でもありました。

外観からは分かりにくいですが、内部を歩くと回遊性のある展示空間になっていることに気づくはずです。実際には敷地の制約などで無限に成長することはできませんでしたが、この「建物自体が生命体のように成長する」というヴィジョンは、メタボリズムなど後の建築運動にも大きな影響を与えました。

身体で感じる「モデュロール」

館内に入ると、天井が少し低いと感じる場所と、吹き抜けの高い場所があることに気づきます。これは彼が考案した人体寸法「モデュロール」に基づいています。低い天井は226cm(手を挙げた男の人の高さ)、高い天井はその倍の高さや黄金比の組み合わせになっています。

ただの数値ではありません。展示室の柱の間隔、手すりの高さ、階段の蹴上げに至るまで、全てが人間の身体スケールに心地よく馴染むように計算されています。「空間が身体を包み込む」ような感覚。これこそが、写真では伝わらないコルビジェ建築の真髄です。

19世紀ホールに見る「近代建築の5原則」

中央にある三角形のトップライトから柔らかい自然光が降り注ぐ「19世紀ホール」。ここは美術館の心臓部です。ここからスロープを登って展示室へ向かう動線は、徐々に視界が開けていくドラマチックな「建築的プロムナード(散策路)」です。

また、建物を持ち上げて地上を解放する「ピロティ」、構造から独立して自由に配置された壁、水平に連続する横長の窓など、彼の提唱した「近代建築の5原則」の要素を随所に見ることができます。ここはまさに、近代建築の教科書のような空間なのです。

3人の弟子(前川・坂倉・吉阪)の功績

コルビジェは基本設計だけを行い、実施設計と現場監理は、彼のパリのアトリエで学んだ3人の日本人弟子、前川國男、坂倉準三、吉阪隆正が担当しました。巨匠のスケッチを日本の法規制や技術、予算に合わせて現実化するのは困難を極めました。特にコンクリートの打放し仕上げの美しさは、日本の職人技術と弟子たちの執念の結晶です。

彼らの献身的な努力があったからこそ、この奇跡のような建築が完成したのです。美術館の前庭にあるロダンの「考える人」を見ながら、師弟の絆と、戦後日本の復興にかけた建築家たちの情熱に思いを馳せてみてください。