絵画がそのまま建物になったような外観
シュレーダー邸(1924年/オランダ・ユトレヒト)は、ヘリット・リートフェルトが施主トゥルース・シュレーダー=シュレーダーとともに設計した住宅です。
外観は、白と灰色の面、黒い線、そして赤・青・黄の要素が交差して構成されています。壁が箱を閉じておらず、面と線が互いにずれながら組み合わさっている。どこまでが壁でどこからが庇なのか、輪郭が判然としません。
この構成は、同時代のオランダで活動していた芸術運動デ・スティル——モンドリアンの絵画で知られる——の造形原理を、そのまま三次元に展開したものです。
2階には、固定された部屋がない
この住宅の核心は2階にあります。
普段は間仕切りのない一室ですが、収納されたパネルを引き出すことで、寝室や個室に分割できます。夜は仕切り、昼は開く。時間帯によって間取りが変わる住宅です。
この仕組みは施主のシュレーダー夫人の要望から生まれました。彼女は設計に深く関与し、竣工後もこの家に住み続けています。可動間仕切りという発想が、建築家の思いつきではなく生活の要求から出ている点は重要です。
デ・スティルとピュリスム
コルビュジエは1920年にオザンファンとともに雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』を創刊し、ピュリスム(純粋主義)を掲げていました。デ・スティルもピュリスムも、装飾を排し、幾何学と原色に還元するという点で似ています。
しかし造形の目指す先は違いました。
デ・スティルは面と線を非対称にずらし、動的な緊張を作ります。
ピュリスムは比例と均衡を重んじ、静的な安定を目指します。
デ・スティルの中心人物テオ・ファン・ドゥースブルフとコルビュジエは、同じ前衛の圏内にいながら造形理念で対立的でした。同じ「純粋」を掲げて、答えが分かれた例です。
平面図で見ると単純さがわかる
シュレーダー邸は写真だと複雑に見えますが、平面図は驚くほど単純です。約7メートル四方の小さな箱にすぎません。
1階は比較的常識的な間取りで、2階だけが可動間仕切りによる可変空間になっています。断面図を見ると、この2階が住宅全体のどれだけを占めるかがわかる。実験が行われたのは、建物のごく一部だったということも、図面を見て初めて理解できます。
コルビュジエの「自由な平面」も、柱と壁を分離することで可変性を得る発想でした。可動パネルで物理的に変えるか、間仕切りの配置を自由にするか。手段が違います。
いまも残っている
シュレーダー邸は2000年に世界文化遺産に登録され、現在は博物館として公開されています。
竣工から100年を超えて、可動パネルの仕組みも保存されました。実験的な住宅が実際に使われ続け、その記録が残った数少ない例です。
コルビュジエの側の実験住宅を図面で確かめたい方は、下記の手描き構想図をご覧ください。
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