装飾が、ひとつもない
ル・トロネ修道院(12世紀後半/フランス・プロヴァンス地方)は、シトー会の修道院です。
シトー会は、豪華になりすぎた既存の修道院を批判して生まれた改革派でした。そのため建築も徹底して簡素です。彫刻もステンドグラスもなく、石を積んだ壁と、そこに開けられた最小限の開口だけ。
装飾がないぶん、石の質感、比例、光の落ち方だけが残ります。回廊を歩くと、時間とともに影の位置が変わっていくのがわかります。
クチュリエ神父が、見に行けと言った
1953年、コルビュジエはリヨン近郊にドミニコ会の修道院を設計する依頼を受けます。ラ・トゥーレット修道院です。
この依頼を仲介したのがマリー=アラン・クチュリエ神父でした。カトリック教会の近代美術復権運動を主導した人物で、ロンシャンの礼拝堂もこの神父が関わっています。
クチュリエ神父は、宗教建築の経験がないコルビュジエにル・トロネ修道院を見るよう勧めたと伝えられます。修道院という建築類型が何を必要とするのか、実物で理解させるためでした。
ラ・トゥーレットに何が現れたか
ラ・トゥーレット修道院(1953–60年)を見ると、ル・トロネとの共通点がわかります。
装飾がない。打放しコンクリートの素地がそのまま。個室が反復して並ぶ。中庭を囲む構成。光が主要な表現手段になっている。
素材は石からコンクリートに変わりましたが、「簡素な素材の質感と、光と、比例だけで空間をつくる」という原理は共通しています。
個室のバルコニー寸法にはコルビュジエ独自の比例体系モデュロールが適用されました。中世の修道院が持っていた比例の秩序を、20世紀の方法で置き換えたと読めます。
800年を隔てた同じ問題
修道院という建築は、要求が単純です。個室が並び、共同の食堂と礼拝堂があり、それらを回廊がつなぐ。この構成は800年間変わっていません。
だからこそ、解き方の違いがはっきり出ます。石で解くか、コンクリートで解くか。中庭に何を置くか。光をどこから入れるか。
断面図を並べると、両者が同じ問題に対する別解であることが見えてきます。ルイス・カーンのソーク研究所も、この系譜で論じられることがあります。
いま訪ねられる
ル・トロネ修道院は現在、フランス国の管理下で一般公開されています。修道士は住んでおらず、建築として保存されています。
コルビュジエが1953年に歩いた回廊を、そのまま歩くことができます。
ラ・トゥーレット側の図面を確かめたい方は、下記のロンシャンの手描き構想図とあわせてご覧ください。同じ時期の、同じ神父が関わった建築です。
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