ヴィトラ・キャンパスに移築されたから傘の家(2025年)
写真:Ahmet Düz, Dreiländer- & Oberrheinfotograf/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons
から傘の家は、建築家の篠原一男が東京の郊外に設計し、1961年に完成した小さな木造住宅です。
正方形の平面に、頂点から放射状に木材を広げた方形の屋根をかけた姿が、開いた唐傘を思わせます。2022年にはドイツのヴィトラ・キャンパスに移築され、公開されています。
| 名称 | から傘の家 |
|---|---|
| 設計 | 篠原一男 |
| 設計・竣工 | 設計1959年秋〜1960年夏、着工1960年11月、竣工1961年3月 |
| 元の所在地 | 東京の西の郊外の台地 |
| 延床面積 | 55.4㎡(竣工時。納戸を含み、のちの増築部分を含まない) |
| 敷地面積 | 204.99㎡(移築前の資料による) |
| 構造 | 木造、方形屋根 |
| 現在 | 2022年、ドイツ・ヴァイル・アム・ラインのヴィトラ・キャンパスに移築 |
年月と面積は、住宅遺産トラストの資料によります。
若い夫婦と幼い子のための小さな家
から傘の家は、若い夫婦と幼い子ども1人のために建てられました。延床面積は55.4㎡で、いまの感覚でも大きな家ではありません。
住宅遺産トラストの資料によれば、設計は1959年の秋から翌年の夏にかけて行われ、1960年11月に着工、1961年3月に完成しました。
完成後も、家具のほとんどがそろうまでに1年半ほどかかったと記されています。建物と家具を、時間をかけて仕上げていった家です。
敷地は東京の西の郊外の台地にありました。約205㎡の敷地に、低い屋根の小さな家が置かれていました。
傘の骨のように広がる屋根
この家の名前の由来は屋根にあります。正方形の平面に、頂点から四方へ下りる方形(ほうぎょう)屋根がかかっています。
唐傘(からかさ)は、竹の骨に紙を張った和傘のことです。開いたときに放射状に広がる骨の形が、この家の屋根の組み方と重なります。
屋根を支えるのは、頂点から放射状に広がる合掌材です。頂点はアングルと平鋼で組んだ枠でまとめられ、下の端は周囲の米松の桁にボルトで留められています。
室内から見上げると、放射状の木材がそのまま見え、開いた和傘の骨のような天井になります。
桁が外へ開こうとする力を抑えるため、東西と南北に2組の合わせ梁が渡され、納戸の床には平鋼の水平の筋かいが入っています。
小さな住宅ながら、屋根の構造そのものが室内の表情になっている。それがこの家の最初の特徴です。
一つの正方形を、分けて使う
平面は正方形です。梁は、南北・東西の両方向とも、正方形を4対3に分ける位置に通っています。
この線に沿って、南側に家族が集まる広間、北側に畳の部屋、寝室と浴室、物を納める納戸が割り付けられています。
寝室と浴室の部分は5対2の比で仕切られ、納戸は正方形の7分の3を占めます。どの部屋も、正方形の分割から決まっているのです。
寝室は、ふすまで閉じることができます。そのふすまには、画家で舞台美術家の朝倉摂による5点の絵が描かれています。
一級建築士の試験対策の教材でも、正方形の一つの空間を、住まいの機能ごとに三つに分けた平面の例として取り上げられています。
「住宅は芸術である」
篠原一男(1925〜2006年)は、東京工業大学で長く教えながら、住宅を中心に設計を続けた建築家です。
1962年5月の『新建築』で、篠原は「住宅は芸術である」という論文を発表しました。住宅を、技術や生産の問題だけでなく、表現の対象として考えるという宣言です。
同じ年の10月号では、から傘の家について、小さな家だからといって大きな家と別のやり方で設計すべきではない、という考えを述べています。
その約40年前、ル・コルビュジエは『建築をめざして』(1923年)で「住宅は住むための機械である」と書きました。並べると、二つの言葉は対照的に見えます。
ただし、コルビュジエの「機械」も、冷たさではなく無駄のない美しさを指していました(「住宅は住むための機械」の真意)。住宅を建築の中心に置いた点では、二人は共通しています。
白の家へ続く形
から傘の家の5年後、篠原は白の家(1966年)を完成させます。
白の家も、正方形の平面に方形の屋根をかけた住宅です。から傘の家で試した形を、より大きく、より抽象的に展開した作品といわれます。
屋根の構造をそのまま見せる小さな家から、白い壁と1本の柱で空間を研ぎ澄ませた家へ。二つを並べると、篠原の関心の移り方がよくわかります。
篠原はのちに、自分の作品を「第1の様式」から「第4の様式」までに分けて説明しました。から傘の家や白の家は、日本の伝統的な空間を手がかりにした「第1の様式」の住宅とされます。
伝統の民家を写すのではなく、正方形と方形屋根という単純な形にまで抽象して受け継ぐ。小さな家で、日本の住まいの原型を問い直したのが、この時期の篠原の仕事です。
ドイツのヴィトラ・キャンパスへ
から傘の家は、2020年の夏に解体が始まり、ドイツへ運ばれました。2021年9月に再建工事が始まり、2022年6月15日から一般に公開されています。
移築先は、スイスの家具メーカー、ヴィトラがドイツのヴァイル・アム・ラインに持つヴィトラ・キャンパスです。スイスのバーゼルのすぐ近くです。
キャンパスには安藤忠雄の会議棟(1993年)やSANAAの工場棟が建ち、ほかの場所から移された歴史的な建物もあります。
から傘の家は、バックミンスター・フラーのドーム、ジャン・プルーヴェのガソリンスタンドに続く移築でした。プルーヴェは、コルビュジエとも協働した技術者です(ジャン・プルーヴェ)。
解体から再建までの過程は、書籍『Kazuo Shinohara: The Umbrella House Project』(クリスティアン・デーリ、アンドレア・グロリムント著)にまとめられています。
から傘の家の図面で見るところ
「から傘の家 図面」と調べる人に向けて、図面の種類ごとに見るところをまとめました。
| 平面図 | 正方形を南北・東西とも4対3に分ける梁の位置と、広間、畳の部屋、寝室、浴室、納戸の割り付け。 |
|---|---|
| 断面図・矩計図 | 頂点から放射状に広がる合掌材と、それがそのまま天井として見える屋根の構造。 |
| 伏図(屋根・梁) | 東西・南北の2組の合わせ梁と、納戸の床の平鋼の水平の筋かい。 |
| 立面図 | 低く広がる方形屋根の勾配と、正方形の平面との関係。 |
竣工時の作品の発表は、『新建築』1962年10月号です。篠原自身の文章とともに掲載されました。
住宅遺産トラストのウェブサイトでも、平面の分け方と屋根の構造が、篠原の文章とともに紹介されています。
小さな住宅の図面を読むときは、部屋の広さよりも、梁の位置が平面をどう分けているかに注目すると、設計の考え方が見えてきます。
訪れるには
から傘の家は、ドイツのヴァイル・アム・ラインにあるヴィトラ・キャンパスにあります。スイスのバーゼルから国境を越えてすぐの場所です。
キャンパスでは建築ツアーなどが行われています。内部を見られるかどうかや見学の方法は、ヴィトラの公式サイトで確かめてください。
東京の住宅地から、ヨーロッパの家具メーカーの敷地へ。住宅が「作品」として受け継がれた例として、日本の住宅の保存を考えるうえでも大切な事例です。

