安藤忠雄(1941- )は、日本の建築家のなかでもとりわけ言葉を多く残してきた一人です。大学で建築を学ばず、独学で設計の道に入った経歴が、その言葉に独特の重さを与えています。ここでは著書や講演で語られた6つの言葉を、文脈とともに紹介します。
出発点にコルビュジエの作品集があった
安藤忠雄の言葉を読むうえで外せない前提が一つあります。彼が建築を志した原点に、ル・コルビュジエの作品集があったことです。古書店で見つけたその一冊を繰り返し読み込んだ経緯は、安藤自身がたびたび語ってきました。
この事実は、後で紹介する「一冊の本との出会い」という言葉と直結します。抽象的な読書論ではなく、自分の身に起きたことをそのまま述べている言葉なのです。
なお安藤忠雄は存命の建築家であり、その言葉には著作権が及びます。以下では引用を必要最小限にとどめ、文脈の解説を主体としています。
1. 「青りんごであり続けたい」
出典:講演や著書でくり返し語られてきた、安藤忠雄を象徴する比喩です。
意味と解説:
熟して甘くなった赤りんごではなく、酸っぱくても伸びしろのある青りんごでいたい、という趣旨です。詩人サミュエル・ウルマンの「青春」に触発された表現として語られることがあります。
自作の青りんごのオブジェを各地に設置していることからも、この比喩が単なる修辞ではなく、活動の主題として扱われていることが分かります。完成を拒み続ける姿勢が、この一句に集約されています。
2. 「一冊の本との出会いが、人生を変えることがある」
出典:著書や講演で語られてきた趣旨の言葉です。表現には異同があります。
意味と解説:
前述のとおり、安藤にとってその一冊はコルビュジエの作品集でした。大学の建築学科に進まなかった彼にとって、書物は教師の代わりでした。
「こどもの本の森 中之島」など図書施設の設計・寄贈を続けている背景には、この経験があります。言葉と行動が一致している例として読むべき一句です。
3. 「建築は、住み手とつくり手の格闘の場である」
出典:住吉の長屋(1976年)をめぐる議論のなかで語られてきた趣旨の発言です。
意味と解説:
住吉の長屋は、三軒長屋の中央部を打放しコンクリートの箱に置き換えた住宅です。中央に屋根のない中庭があり、寝室からトイレへ行くのに傘が要る。安藤の代表作であると同時に、批判の的にもなり続けてきました。
この言葉は、その批判への応答として読めます。快適さを与えるのではなく、住み手に働きかける。建築を、サービスではなく関係として捉えているのが特徴です。詳しくは 住吉の長屋 をご覧ください。
4. 「光は、闇があってはじめて存在する」
出典:光の教会(1989年)をめぐる説明として語られてきた趣旨です。
意味と解説:
光の教会は、暗い箱の正面壁に十字のスリットを開けただけの建物です。開口部を増やせば明るくなりますが、そうすると十字は消える。光を強くするために、周囲を暗くした。
この手法の系譜には、ロンシャンの礼拝堂があります。厚い壁に穿たれた小さな開口から差し込む光という構成は、コルビュジエが1955年に完成させたものでした。光の教会 と ロンシャンの礼拝堂 を並べて見ると、系譜がはっきりします。
5. 「連戦連敗」
出典:同名の著書のタイトルとして知られる言葉です。
意味と解説:
国際コンペで負け続けた経験を、そのまま書名にしたものです。建築家が自らの敗北を並べて公にするのは珍しいことでした。
この言葉が効くのは、勝った仕事だけを見せる業界の慣習に対する批評になっているからです。負けを記録として残すという態度が、独学で始めた人の実感に裏打ちされています。
6. 「経験は、学校では買えない」
出典:独学の経歴を語る文脈でくり返されてきた趣旨の言葉です。
意味と解説:
安藤は工業高校を卒業後、独学で建築を学びました。20代でユーラシア大陸を横断し、各地の建築を実際に見て回っています。
この移動の経験が設計の基盤になった、という主張です。次項で述べるとおり、その旅程にはコルビュジエの作品をたどる意図が含まれていました。
コルビュジエの旅をなぞった若い日
安藤忠雄は1965年、24歳のときに日本を出発し、シベリア鉄道でヨーロッパへ渡りました。目的の一つは、コルビュジエの建築を実際に見ることでした。
ところが、その1965年8月、コルビュジエは南フランスのカップ・マルタンで亡くなっています。会うことのないまま、作品だけを見て回った旅になりました。この符合は、安藤の言葉を読むときの通奏低音になっています。
コルビュジエ自身も若い日に同じことをしていました。1911年、23歳のときに東欧からトルコ、ギリシャ、イタリアを巡った「東方への旅」です。実物を見に行くことから始めるという方法において、二人は同じ道筋を通っています。
コルビュジエの旅については 東方への旅、その言葉については ル・コルビュジエの名言10選とその真意を読み解く をご覧ください。

