ドームが、浮いて見える
ハギア・ソフィア(537年/トルコ・イスタンブール)は、東ローマ帝国のユスティニアヌス帝が建てた聖堂です。のちにモスクとなり、博物館の時期を経て、現在は再びモスクとして使われています。
建築として最も知られているのが、直径30メートルを超える巨大なドームです。ドームの基部にはぐるりと窓が並んでおり、そこから光が差し込みます。
この光の帯によって、ドームが壁から切り離されて浮いているように見える。重い石の構造でありながら、軽く感じられます。
1911年、23歳のコルビュジエが訪れた
コルビュジエは1911年、23歳のときに「東方への旅」と呼ばれる約5か月の旅に出ます。ドイツからバルカン半島を抜け、イスタンブール、アトス山、ギリシャ、イタリアを巡りました。
この旅で彼は、写真を撮るのではなくスケッチを描き続けました。カメラを持っていた時期もありましたが、手で描くことを選んでいます。
訪れた場所には、ハギア・ソフィアのほか、パルテノン神殿、アトス山の修道院、ポンペイなどが含まれます。のちに『東方への旅』として出版されました。
なぜ描いたのか
コルビュジエは後年、描くことは見ることの手段であるという趣旨のことを繰り返し述べています。
カメラのレンズは一瞬で記録しますが、手が動く時間だけ対象を見続けることになる。寸法、比例、光の入り方、構造の成り立ち——描こうとすると、それらを理解しなければ線が引けません。
東方への旅のスケッチには、建物の外観だけでなく、断面や光の方向を書き込んだものが含まれます。観光の記録ではなく、分析の記録です。
ロンシャンとの距離
「巨大な内部空間に、壁の上部から光を入れる」という手法は、44年後のロンシャンの礼拝堂(1955年)に現れます。
ロンシャンでは、重い屋根が壁からわずかに浮き、その隙間から水平の光の帯が差し込みます。屋根が浮いて見える効果は、ハギア・ソフィアのドームと同じ原理です。
ただしコルビュジエがハギア・ソフィアを直接の参照元にしたと断定できる資料はありません。両者を並べて論じるのは、後年の建築史の視点です。ここでは「同じ原理が1400年を隔てて現れている」という事実として扱います。
見ることと、描くこと
この記事で強調したいのは、コルビュジエの出発点が「描くこと」だったという点です。
彼は建築の正規教育をほとんど受けていません。ラ・ショー=ド=フォンの美術学校で装飾を学び、あとは各地を旅して実物を見て、描いて、理解しました。
手描きの構想図に残っている線は、この習慣の延長にあります。完成形を清書したものではなく、考えながら引いた線です。
その線を手元で見たい方は、下記の復刻ポスターをご覧ください。
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