隈研吾(1954- )は、日本の現役建築家のなかでもっとも多く文章を書いてきた一人です。その言葉には共通する構造があります。20世紀の建築を否定の対象として名指し、そこから自分の立場を導くという組み立てです。ここでは5つの言葉を、その構造ごと読み解きます。
批評として組み立てられた言葉
隈研吾は存命の建築家であり、その著作には著作権が及びます。以下では引用を必要最小限にとどめ、文脈の解説を主体としました。
隈の言葉を読むうえで前提になるのは、彼が批評家としても活動してきたことです。設計者の自己解説というより、建築史に対する評価が先にあり、そこから設計の方針が出てくる。この順序が、他の建築家との違いを生んでいます。
1. 「負ける建築」
出典:2004年刊行の同名の著書。隈研吾の立場をもっとも短く示す語です。
意味と解説:
何に負けるのか。環境に、地形に、周囲の街並みに、です。建物が自己主張して風景に勝つのではなく、風景に譲る。
手法としては、量塊を細い部材に分解することに集約されます。木のルーバーを重ね、壁面を分節し、輪郭をぼかす。遠くから見たときに、一つの塊として立ち上がらないようにする操作です。
2. 「建築のことよりも、世の中のことを学べ」
出典:若い世代への助言として語られてきた趣旨の言葉です。
意味と解説:
隈は1980年代末に設計事務所を開きましたが、バブル崩壊で東京の仕事を失い、約10年にわたり地方の小規模な仕事を手がけた時期があります。
その期間に、地場の材料と職人に向き合ったことが後の作風につながった、と語られてきました。建築の外側の条件が設計を決めるという実感が、この言葉の背景にあります。
3. 「20世紀は、コンクリートの世紀だった」
出典:著書や講演でくり返されてきた時代区分の主張です。
意味と解説:
ここで名指しされている20世紀建築の代表格が、ル・コルビュジエです。ドミノ・システムの図式が示したのは、鉄筋コンクリートの柱と床だけで建物が成立するという原理でした。
隈の主張は、その原理が場所を問わない建築を可能にしてしまった、という点にあります。どこでも同じものが建てられる。それを彼は否定的に評価します。
4. 「すべての芸術家には、職人になってしまう罠が待っている」
出典:建築家の職能をめぐる論考で語られた趣旨です。
意味と解説:
自分の手法が確立すると、それを反復する職人になってしまう、という自戒です。木のルーバーという分かりやすい語彙を持つ隈自身に、もっとも当てはまる警告でもあります。
ミースが反復を選び、コルビュジエが変化を選んだことを踏まえると、この一句の位置がはっきりします。隈は反復を罠として名指した。
5. 「建築は、消えたほうがいい」
出典:1990年代以降の著作で反復されてきた主張です。
意味と解説:
「負ける建築」の極限形です。ミースの「ほとんど無に等しい」と字面は似ていますが、方向が違います。
ミースが目指したのは要素を削ぎ落とした純粋な形で、その結果として建物は際立ちます。隈が目指すのは周囲に溶けて認識されなくなることです。同じ「消える」でも、消える先が正反対です。
コルビュジエを否定するために、コルビュジエを読む
隈研吾がコルビュジエを批判的に扱うことは、彼がコルビュジエを読み込んでいることの裏返しです。ドミノ・システムや輝く都市を正確に要約できなければ、その限界を指摘することもできません。
興味深いのは、批判の中身がコルビュジエ自身の後半生と重なる点です。カップ・マルタンの休暇小屋は、丸太と合板でできた約8畳の小屋でした。晩年のコルビュジエは、白い箱から遠く離れた場所にいます。
20世紀を「コンクリートの世紀」と切り取るとき、その代表者の最後の建物が木造の小屋だったことは、見落とされがちです。カップ・マルタンの休暇小屋 と ル・コルビュジエの名言10選とその真意を読み解く をあわせてご覧ください。

