誰でも泊まれる世界遺産「オテル・ル・コルビュジエ」
マルセイユのユニテ・ダビタシオンには、3階と4階の一部に一般人も宿泊できる「オテル・ル・コルビュジエ(Hotel Le
Corbusier)」があります。ドアを開けた瞬間、モデュロールに基づいた低い天井高(2.26m)に驚きますが、吹き抜けのリビングに進むと圧倒的な開放感に包まれます。
オリジナルのキッチンやシャルロット・ペリアンがデザインした収納棚も当時のまま使われており、まるで1950年代にタイムスリップしたような感覚を味わえます。壁のペンキの塗り跡や、使い込まれたドアノブの感触。これらは写真集を見ているだけでは分からない、本物の「住居」としての息遣いです。
驚きの「地下の商店街」と暗闇の廊下
「垂直の田園都市」を目指したこの建物には、都市機能が内包されています。7、8階(コルビジェはここを「地上」と呼びました)にはかつて、パン屋、肉屋、書店、カフェなどが並ぶ「商店街」がありました。現在は主に建築事務所やギャラリーが入居していますが、その名残を感じることができます。
印象的なのは、「内部の通り(Rue
Intérieure)」と呼ばれる廊下の暗さです。意図的に照明を落とした薄暗い空間は、まるで胎内のような静けさ。そこからドアを開けて光あふれる部屋に入った瞬間、劇的なコントラストが生まれ、太陽のありがたさを強烈に感じることができます。これは計算され尽くした光の演出なのです。
メゾネット型の部屋は本当に快適か?
実際に過ごしてみると、その合理性に感心します。L字型に組み合わされたメゾネット構造(上層と下層が噛み合う形)のおかげで、全ての住戸が西側と東側の両面に窓を持ち、地中海からの風が通り抜けます。エアコンがなくても、窓を開ければ驚くほど涼しいのです。
細長い間取りは「ウナギの寝床」とも揶揄されましたが、ゾーン分けが明確で、家族同士のプライバシーも守りやすいと感じました。ただし、キッチンは現代の基準からするとかなり狭く、冷蔵庫のスペースも限られています。「料理は手早く済ませて、人生を楽しめ」というコルビジェのメッセージかもしれません。
住民たちのコミュニティと屋上の楽園
廊下ですれ違う住民たちは、どこか誇らしげです。「ここに住むこと自体がステータスであり、文化活動だ」と考えている人が多いようです。エレベーターで交わされる挨拶、「コルビジェ・クレイジー(熱狂的なファン)」同士の連帯感。ここは単なるマンションではなく、同じ価値観を共有する人々の「村」なのです。
そして屋上には、保育園とプール、体育館があります。朝、子供たちがエレベーターで屋上の学校へ登校し、夕方はプールで歓声を上げる。コンクリートの屋上に作られたこの「人工の大地」は、まさに彼が夢見た「輝く都市」の縮図であり、現代のタワーマンションでも実現できていない理想的なコミュニティの姿です。
現実は甘くない?老朽化とメンテナンス問題
もちろん、築70年以上のコンクリート建築には問題もあります。断熱性能の古さによる夏の暑さや冬の寒さ、配管の老朽化による水漏れ、そして高額な修繕積立金。世界遺産であるがゆえに、窓枠一つ変えるのにも厳しい規制があり、勝手なリフォームも許されません。
「冬は寒くてセーターが必要だし、夏は暑い」。それでも住民たちは、不便さを笑い飛ばし、この歴史的建造物を守り続けています。「不便さを愛せるか」。それが、この伝説の建築に住むための唯一の条件なのかもしれません。