「住宅は住むための機械」の真意
この有名な言葉は、多くの場合「機能優先の冷たい家」と誤解されますが、実は「車や飛行機のように、住宅も最先端の工業製品のように美しく、高性能であるべきだ」という意味が込められています。
当時の自動車エンジニアたちが達成していた、無駄を極限まで削ぎ落とした流線型のフォルム(ストリームライン)や、エンジンの機能美。コルビジェはそれに深く心酔していました。「なぜ建築家は、自動車技師のように論理的で美しいものを作れないのか?」。彼のこの言葉は、過去の様式美に囚われていた建築界への強烈なアンチテーゼでした。彼は建築を「不動産」としてではなく、量産可能な「プロダクト」として捉え直そうとしたのです。
愛車ヴォワザンとシトロエンの広告塔
彼はフランスの航空機・自動車メーカー「ヴォワザン(Voisin)」の車、ルミヌーズ(Luminuese)を愛用していました。ヴォワザン社のオーナー、ガブリエル・ヴォワザンは彼のパトロンでもあり、コルビジェは自身の計画案「パリのヴォワザン計画」にその名を冠するほどでした。
彼は自身の建築写真の前に、わざわざ愛車ヴォワザンを停めて撮影しました。これは、「私のモダンな建築には、このモダンな車こそがふさわしい」という演出です。また、シトロエン社とも関係が深く、彼の量産住宅のプロトタイプを「メゾン・シトロハン」と名付けました(シトロエンをもじった駄洒落です)。彼はル・マンのサーキットにも足繁く通い、時速100キロを超えるレーシングカーの走りに、「現代のパルテノン神殿」と同等の崇高な美を見出していました。
サヴォア邸は「車」を中心に設計された
最高傑作と言われるサヴォア邸の1階部分のカーブは、実は当時の彼の愛車(大型のヴォワザン)の最小回転半径に合わせて設計されています。車で敷地に入り、そのままピロティの下をくぐり、運転手がドアを開けて主人が降りると、そこは雨に濡れない玄関ホールの目の前。
そのまま車はカーブを曲がって車庫へと収まる。この一連の流れるような動線(ドライブウェイ)こそが、サヴォア邸のデザインの決定打となりました。家と車が一体化したこの設計は、まさにモータリゼーション時代の到来を予見したものでした。サヴォア邸は「車でアプローチするための家」、あるいは「駐まっている巨大な車」と言っても過言ではありません。
「未来派」としてのスピードへの憧れ
20世紀初頭、「速度」は新しい時代の美の基準でした。21世紀の今、自動運転が語られるように、コルビジェにとっても自動車は単なる移動手段ではなく、精神を開放し、新しい視点を与えてくれるマシンでした。
疾走する車窓から見る風景は、固定された絵画のような静止画ではなく、連続して変化するシークエンス(動画)です。この「移動する視点」という感覚が、彼の建築的プロムナード(散策路)のアイデアに直結しています。スロープを登りながら、視点の変化とともに建築の表情が変わってくる体験は、まさに車窓からの風景体験を建築内部に取り込んだものと言えるでしょう。
幻の国民車「ヴォワチュール・ミニマム」
彼は建築だけでなく、実際に車のデザインも行っています。1936年、彼は「ヴォワチュール・ミニマム(最小限の車)」と名付けられた小型車のデザインコンペに応募しました。
後ろにエンジンを置き、室内を広く取る。無駄な装飾を排し、機能に徹する。そのコンセプトは、後のシトロエン2CVやフォルクスワーゲン・ビートル、およびフィアット500といった名車たちの先駆けとなる革新的なものでした。もし彼が建築家になっていなければ、伝説のカーデザイナーになっていたかもしれません。彼にとって車は、都市と人間を結ぶ最小単位の「動く建築」だったのです。